はじめに

 解剖学は人体の「かたち」と「つくり」を理解する学問であって,決して暗記する(憶える)だけの学問ではないと,よくいわれる.しかし,諸君にも遠い幼い昔,日本語というコトバを懸命に憶えた時代があったはずである.さらに,人体という都市を旅行するには地町村名,駅名,河川名,道路名を指し示すコトバである解剖学用語を憶えることはどうしても避けられないであろう.
 骨学実習は文字通り人体の骨組を実際手に取って観察するもので,この実習をとうして個々の骨および骨格の知識を修得することはもちろん,ここでは広く形態学的なものの見方,あるいは科学的観察態度を養うことを目的とする. 骨学実習は,ともすれば,実物と名称の対照に終ってしまいがちである.しかし,解剖学用語の裏には多くのものが秘められているので,これを諸君の目と手とそして頭脳でぜひとも明らかにして欲しい.
 この手引では設問(疑問)に答えるという形式をとっている.個々の観察事項の間の相互関係にも注目を払わせるような問も設けてある.これらの設問の背景には,次のような形態の解釈ないしは視点を考えている(生物の形態を支配する要因と考えられるだろう).

  1. 生態的適応的解釈:効率よく生活し,生きのびるためのかたちをつくる.機能的な解釈.
  2. 歴史的系統的解釈:個体発生,系統発生による解釈.例えば,二本の膵管とか五本の指の解釈.
  3. 構造的解釈:機械的解釈.例えば,脊柱の湾曲と板バネのモデル.

 「憶える」の反対語は「忘れる」であるが,「理解する」の反対語はあるであろうか? みのりある実習を期待する.

平成10年1月10日


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