日本人類学会Auxology分科会

News Letter No.7

March 15, 1998

 

 

行: 日本人類学会Auxology分科会事務局

事務局: 東京都立大学大学院理学研究科身体形態情報研究室内

192-0364 東京都八王子市南大沢1−1

Phone & Fax: +81(426) 77-2970

E-mail: ohfumi@comp.metro-u.ac.jp or kajikawa-nobuo@ c.metro-u.ac.jp

 

 

 

 

はじめに

 

 日本人類学会総会でAuxology分科会の設立が承認されたのは、199310月でした。その設立準備から今日まで会の発展に力を注がれ、その後2期わたって分科会の幹事長を務められた芦澤玖美教授(大妻女子大学人間生活科学研究所)、また本分科会の事務局をその間お引き受けいただいた同研究所形態成長研究室の皆様に心から感謝致します。私は今年度から芦澤教授の後を次ぐことになりましたが、これ迄のようにスムースに実務を運ぶことが出来るかどうかについてはおぼつかない限りです。この場を借りて皆様のご協力をお願いする次第です。

 さて、昨年の研究会ではDr. R. M. Malina 教授(Michigan State University)の講演を聞く機会を得ました。今年は、Dr. A. F. Roche (Wright State University School of Medicine)が、10月に "The Research Society for Growth Disturbance" 12回総会(東京)に招聘される予定です。それに先立ち京都医師会等での講演会を企画中ですが、もし時間が許せば本分科会の研究会でも講演をお願いしたいと考えています。これが、実現できるかどうかはまだ流動的ですが、今後のニュースをお待ち下さい(大槻文夫)。 

 

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8Auxology分科会研究会

 

シンポジウム:日本人の骨成熟

(オーガナイザー:芦澤玖美)

第 8 回研究会は、日本人類学会大会シンポジウムとして1997 年 11 月 2 日(日)9 時から筑波大学の教室において開催された。

 

[研究発表抄録]

 

骨成熟研究の流れ

芦澤玖美

大妻女子大学・人間生活科研・形態成長

 

 生きた人間を、遺伝子ではなく個体(の集団)レベルで研究対象とする者は、日本の人類学では少数派である。しかし、時間因子、自然や社会経済的環境の変化に敏感に反応する生体を追求することは、ある特定集団の現状把握だけではなく、生きた過去を知り、未来を展望することに繋がっていく。成長と老化は体の部位によって交替時期が異なったり並列しているため、個体ではこれらを厳密に区別するのは困難であるが、生まれてから死に至る期間の前 1/3 - 1/4 が成長期とされる。その特徴は体のサイズの増大と生理的な成熟が進行することである。例えば、身長の伸びという現象は、骨の成熟過程の表現であり、個人や集団間の身長差は骨成熟のリズムの差異に大きな原因がある。しかし、近代的な意味で身長を測ることには200年位の歴史があるのに対して、骨成熟研究には70年ほどしかない。

 生体の骨を見ることは 1895 年の Roentgen のX線発見以後可能になった。骨成熟は生理現象であるが、実際には骨核出現から完成骨に至るまでの骨の数や形の変化を扱うので、形態学の範疇にある。当初は肘、膝、肩、股関節など全身のX線写真を撮り、骨成熟が調べられた。最も古い成書は1937 年の Todd の「手の骨成熟アトラス」で、次いで 1950 年の Greulich と Pyle の「手と手首の骨発達のX線アトラス」である (GP 法) 。これらはアメリカ白人を対象としたものであるが、後者は長年日本でも臨床でスタンダードとして用いられてきた。

 1950年代にはイギリスで手と手首の個々の骨の成熟度に応じて点数を与えて、全体の成熟度を評価する研究がなされ、Tanner と Whitehouse らによってTW1法(1959、1962)とその改良であるTW2法(1975、1983)が確立された。骨成熟研究は定性的な判定から定量的な判定(点数法)へと流れが大きく変わったのである。それはTW2法が、技術修得の壁さえ越せば現実の成熟とかなりよく一致した結果が得られるためである。

 最初の日本人の骨成熟は Sutow と大和田によって、原爆投下後の広島で GP 法で調べられた。彼らはこれを当時の日本人の標準としたが、それには多くの疑念がある。1960年代には Inoue and Shimizu(GP 法)、杉浦と中澤(独自の方法)が成長と骨成熟の膨大な書を著した。しかし両者とも国際的には陽の目を見なかった。1968 年に芦澤は日本で最初に東京の子どもを対象に TW(1) 法を採用した。1969 年には江藤(東京)、1979 年には高井ら(小城町)によってX線写真の追跡収集が開始された。70 年代に入ると江藤、川島ら、木村が TW1 法と Oxford 法や杉浦 - 中澤法を比較した。また1980 年代には、九州の子どもを対象とした研究が高井らのグループによっていくつか行われた。これとは別に、日本体育協会の日中共同研究の一環として東京を中心とする関東地方の子どもの資料が集められた。これは現在日本人のスタンダードとなっている。1990 年代には実測データへの平滑化曲線の当てはめが容易となり、骨成熟チャートの作成が可能になった。また追跡資料の解析が高井ら、および江藤と芦澤によってまとめられ、成長、TW2 骨成熟、性成熟のリズムの変異が明らかになった。わが国は健常児のX線写真の蓄積が豊かなので、研究者が協力すれば、骨成熟の地域差、時代変化を始めとする様々な研究の可能性がある。

 骨成熟評価は世界的に TW2 法に落ち着いたが、熟練者が評価しても判定者間あるいは同一判定者内の評価のズレは避けられないため、現在各地でX線画像処理により骨成熟評価の簡便化が計られている。しかし、いずれも試行錯誤の段階で、熟練者の目の確かさには及ばないのが現状である。

 さて、本シンポジウムの前半は人類学的な基礎研究で、芦澤が横断データを基に日本人の骨成熟の特徴について概観し、高井が縦断データに依って最終身長の予測について述べる。その後濱田が霊長類の骨成熟の特徴を報告する。後半は骨成熟の応用研究で、大槻が運動成績との関係、小児科医の田中がホルモンに起因する成長障害との関係、そして歯科矯正医の佐藤が顎骨成長との関係について講演する。

 

骨成熟からの成人身長予測の有効性

高井省三

筑波大学・体育

 

 成人身長の予測ができると小児科学の臨床、職業の選択、スポーツタレント発掘、体力・運動能力の評価の分野での貢献が期待できる。身長の 97 - 98% は骨格要素が占めるから、骨化の程度を評価する骨成熟(骨年齢)に基づいて成人身長を予測しようという考えを多くの研究者が実現してきている。この骨成熟による成人身長の予測は現在のところ最も高い精度をもつ。しかし、この方法の欠点は生体にX線を照射しなければならないことである。そこで、骨成熟(骨年齢)を使わないより精度の高い成人身長推定法が開発されてきている。

 ここでは、はじめに骨成熟の指標をとりこんだ成人身長の推定式の精度を議論し、ついで骨成熟指標を使わない成人身長の推定を検討する。放射線被爆のリスクと推定精度の問題を念頭において、人類学領域での骨成熟による成人身長推定を考えてみたい。

 成人身長予測式を検討するための被験者は 1972 - 77 年度生れの「小城成長研究」からの男女およそ 500 名から成る。成人身長は身長の年間最大増加量が1cm 未満になったときの値をあてた。骨成熟は TW2 法で判定し、RUS スコアを採用した。いくつかの成人身長推定式の精度を比べるときは最小 AIC 推定法を使った。AIC はケチの原理−なるべく少ない変数でなるべく多くの情報を得る−に基づくモデルの当てはまりの良さを表す指標であり、もっとも小さい AIC がもっともよいモデルをあらわす。

 6 - 13 歳の身長、暦年齢、RUS スコアからなる推定式(TW2 法)の精度は、男子では 3.1 - 3.6 cm、初潮前の女子では 2.1 - 2.9 cm の残差で表すことができた。これに両親の平均身長の指標を加えると男子の推定式の残差は 3.0 - 3.5 cm、初潮前の女子の予測式の残差は 1.8 - 2.8 cm となった。両式の残差の大きさはほとんど変わらない。しかし、AIC によれば両親の身長を取り込んだ式は両親の身長を取り込まない式よりも、統計的には、精度が高い。

 つぎに骨成熟要因を含まない予測式を新たに求めて成人身長推定式の精度を調べた。観測成人身長を予測変数として小学 6 年生時の年齢、身長、体重、座高および両親の平均身長を説明変数としてこれらの変数を追加・削除していきながら重回帰式を求めた。AIC が示した最良の成人身長予測式モデルは、男女ともに、暦年齢、身長、体重、両親の身長からなる式であった。この式(KR2 法)も骨成熟による推定式と同様に1時点でのデータを代入することで成人身長を予測できる。KR2 法では男子の残差は 4.0 cm、女子の残差は 3.2 cm であった。つづく骨成熟要因を含まない予測式は小学校 6 年間の個人追跡資料(年齢、身長)三重ロジスティック曲線を当てはめて成人身長を推定する方法(BTT 法)である。BTT 法での残差は、男子で 3.7 cm、女子で 3.0 cm であった。骨成熟を取り入れた予測式の残差よりも 0.5 - 1.0 cm ほど大きい値である。3 cm 前後の残差は 11 歳の児童の身長に対してはおよそ 2% に相当する。

 これまでの結果を観測成人身長との相関係数でみると、骨成熟指標を持つ推定式(TW2 法)がもっとも高い(男子:r = 0.862、女子:r = 0.828)。ついで BTT 法(男子:r = 0.847、女子: r = 0.773)が続き、KR2 法がもっとも低い(男子:r = 0.778、女子:r = 0.721)。これらの相関係数の大きさの差を 2 つの成人身長推定式の組み合わせごとに検定した。全ての組み合わせのt検定の結果は、男子の相関係数の差は有意でないことを示した。女子では、KR2 法と TW2 法との間で有意な相関係数の差があった。そのほかの組み合わせ間には相関係数の差が出なかった。したがってBTT 法は実用的には骨成熟をつかった TW2 法と同じくらいの精度で成人身長を予測できる方法といえる。

 骨成熟を取り込んだ高い精度の予測式を実際の人類学、発育学などの医学的治療を目的としていない領域で使用するにはいくつかの問題がある。たとえわずかな被曝量(胸部間接撮影のおよそ1/8)ではあっても、生体に与える放射線のリスクは無視できない。さらに、X線写真は国家資格を持つ医療従事者だけが撮影できるという制約がある。このような点から、次善の成人身長予測式としては BTT 法が適していると考える。

 

霊長類の骨成熟:発育速度の遅速を考える

濱田 穣

京都大・霊長研・形態進化

 

 本シンポジウムのテーマは「日本人の骨成熟」で、ヒト以外の霊長類の骨成熟は場違いのような感はあるが、骨成熟変異を広い見地にたって考察してみたい。まず、TW2 RUSスコアに基づく骨成熟の横断的年齢変化パターンに関してニホンザル (Macaca fuscata) とチンパンジー (Pan troglodytes)をヒトと比較を行った。第一の結果は年齢変化パターンは3種それぞれで、体重等の成長パターンに類似していることである。霊長類の発育成熟パターンはいずれも、哺乳類の基本的パターン、限定的発育、および発育終了ころ性成熟し繁殖を開始する、にいくらかの修飾が加えられて形成されている。それは オトナになる前のある時期に、性成熟に関連してAdolescent spurt的な加速を示すことである。骨成熟は体サイズと異なり成熟へと段階を追って進むので、成熟への過程を追跡し種間比較に良い指標となる。そして、このような年齢変化パターンから、これら霊長類では発育期間が同様に区切られると示唆される。

 類似性の一方で、ヒト以外の霊長類とヒトの間には発育全般にわたり定量的な違いが見出される。最も顕著なものは思春期前期、すなわちコドモ期の長さにある。マカクやチンパンジーの骨成熟年齢変化パターンでは、コドモ期の抑制された発育の期間はごく短期間であり、見る人によってはヒトと同様の発育期間としてコドモ期と思春期の区別を認めないだろう。例えば、Bogin (1993など)は、思春期の存在をヒト特有のものとして認識し、さらにヒトの長い juvenile 期をchildhood/juvenile の2期間に分割さえしている。一方、 Tanner らは思春期の存在を霊長類の特徴として強調している(例:Wilson et al., 1988)。いずれにしろ、ヒトとそれ以外の霊長類の間の変異は定量的性格を持ち、それを念頭においた比較研究が行われるべきである。

 種間比較を行う際に、扱っているそれぞれの発育曲線が種標準 (species norm) であることが要請される。しかし、種内変異を調べ尽くして標準を見出すことは、容易な作業ではない。操作的には、実験施設で栄養条件をなんらかの基準で標準化し、そこでの発育をもって種標準とすることが考えられる。ニホンザルでの基準栄養下での発育と、さまざまな状況下での発育を比較すると、栄養条件がコドモ期から思春期への移行を含めた発育にかなり強い要因となっていることがわかる。

 チンパンジーの体重発育を野生個体と施設飼育個体の間で比較すると、移行が遅れる要因は、幼児期の発育遅れ、離乳の遅れにあることを見出している。野生チンパンジーでは、乳離れがひじょうに遅れるが、母乳の質や量が実験施設で与えている栄養に比べてかなり劣っていることが推測される。それは、オトナ平均体重の著しい差に見られるように、母親の栄養摂取状況がずっと貧弱であることを反映しているようでる。

 もうひとつ、変異のパターンとして解明を迫られているのが思春期から完成熟までの時期の発育である。メスは思春期に性成熟し繁殖過程に入るが、まだ身体発育は完了したわけではない。Hamada & Morris (in preparation) はメス思春期ブタオザルの骨成熟過程を、繁殖活動と関連させて研究した。その結果、繁殖活動のなかでも授乳が母親若齢個体の発育にとってかなりの負担となることが示される。

 霊長類身体発育変異とそれに関する進化要因を Reaction norms や Life-History 研究等の他分野の研究を概観し考察する。

 

運動パフォーマンスと骨成熟

大槻文夫

東京都立大学・理・身体形態情報

 

 骨成熟の評価は、低身長児や成長障害児を取り扱う小児科の臨床や、顎顔面の成長予測(例えば顎骨の大きさや相対的な位置関係)が治療に欠かせない矯正歯科の臨床等では広く行われてきた。

 スポーツ界では、スポーツ・タレント発掘の観点から骨成熟の評価が殊に欧米では早くから実施されている。わが国でも遅れ馳せながら、日本体育協会スポーツ科学委員会の研究班(スポーツ医・科学、人類学、小児科学などの研究者より成る)によって「青少年の体力に関する日中共同研究」(1985-87)が実現した。この研究では、日中両国の 7 歳から 20 歳にわたる男女について、それぞれ150 - 200 名の形態・機能項目を測定するとともに、男女とも各年齢およそ100名の骨年齢が TW 2 法によって評価された。

 この研究を端緒として、「陸上競技ジュニア選手の体力に関する日中共同研究」(1988-91)、「日本人青少年の TW 2 法骨年齢の標準化に関する研究」(1991)、「スポーツタレントの発掘方法に関する研究」(1989-92)、「日本人青少年の最終身長予測と体力の発達に関する研究」(1993-94)、そして「ジュニア期の体力トレーニングに関する研究」(1993-96) 等で、日本人骨成熟の標準化の作業や最終身長の予測といった発育の基礎的な研究をが手がけられ、運動パフォ−マンスと骨成熟に関わるトピックスも研究課題として扱われてきた。ここでは、その中の運動パフォ−マンスと骨成熟について得られた若干の知見についてふれたい。

 形態や機能と骨年齢の関係については、「青少年の体力に関する日中共同研究」で報告され、骨年齢は形態項目にとどまらず機能項目の成績とも関連していることが指摘された。男女間で多少の相違はあるものの、骨年齢促進群の背筋力、握力等の筋力については、男子の 13 歳から 15 歳の間では顕著であり、垂直跳び、50 m 走のように瞬発力を評価する項目、シャトルランのような敏捷性の項目における成績でも骨年齢促進群が優れていた。一方、持久性を評価する 5 分間走では骨年齢促進群の優位性はごく一部の年齢に止まった。

 引き続き行われた「陸上競技ジュニア選手の体力に関する日中共同研究」のパイロットスタデイ−で運動パフォーマンスと骨成熟の関係について興味ある結果が得られた。この研究の被験者は昭和63年全国中学校陸上競技選手権大会(郡山)出場者の中の男子 33 名であったが、本研究とは異なりそれぞれの競技種目のトップランク競技者を対象とした。短距離、中距離、長距離、跳躍(走り幅跳び)、そして投てきの種目について形態項目における差異が認められ、短距離、走り幅跳び、投てき等の瞬発力を要するいわゆるパワー系の種目の競技者は骨年齢が暦年齢より 2.5 歳くらい促進していた。そして、短距離種目を100 m の 9 名(記録は 10 秒 7 から 11 秒 2)に限ると、全員が骨年齢では 18 の成人に達しており、骨年齢と暦年齢の差 (SA-CA) は、平均で 2.77 歳 であった。一方、持久性を要求される長距離種目の競技者 6 名の平均骨年齢は 16.33 歳で、SA-CAは平均 1.46歳に止まった。パワー系の種目で競技力の優れた者は骨成熟が促進しており、一方、持久力系は平均的だということになる(その後、女子を含めたジュニア選手を対象にした研究で、選抜された長距離種目の競技者の多くは骨年齢がかなり遅れた群に入ることが分かった)。

 思春期前後の陸上競技の成績は、正・負に関わらず骨年齢との相関が高いが、その意味では運動パフォーマンスを評価する際には、その時点の骨成熟(生物学的な成熟度)との関連で検討を加える必要がある。また、骨成熟は最終身長の予測に用いられる重要なパラメーターの一つであり、最終身長の予測結果は将来の競技力についての判断や競技種目の選定にも役立つ。なお、高井 (1997)は運動パーフォマンス項目と成長・成熟・サイズの関係を分析し、パワー系の種目の記録は身長成熟度と関係が高いことを報告している。上記の研究プロジェクトの結果とほぼ一致するが、ここで定義される身長成熟度は、小学校6年間の身長を BTT モデル (Bock et al.,1994) に当てはめて算出された予測成人身長と現在の身長から求められている。成人身長の予測パラメーターとして骨年齢が用いられていないことに特徴が認められる。

 

歯科と骨成熟:顎骨成長との関わり

佐藤亨至

東北大学・歯・歯科矯正

 

歯科の一分野である矯正歯科においては成長期、特に思春期にある患者を対象とすることが多く、この時期に咬合を形成するには歯が植立している上・下顎骨の形態と成長変化についてじゅうぶん理解しておく必要がある。また、われわれは上・下顎骨の位置や大きさに不調和が生じている場合には、上顎前突や下顎前突などを呈することになり、これを改善するために様々な矯正装置を用いて顎骨の成長促進・抑制・成長方向の転換をはかっている。したがって、咬合形成を行うには顎骨の成長がいつ、どのくらいの量、どの方向に成長するのかをあらかじめ予測する必要がある。予測されたこれらの情報をもとに治療のタイミングを決定し、必要があれば顎骨の成長コントロールを行うことになる。そのため、特に個体差の大きい思春期において患者の顎骨の成長を評価・予測するには全身の成長についての情報が不可欠である。

歯科矯正学分野においては、これまで顎骨の成長について数多くの研究がなされてきている。顎骨成長を検討する資料としては主に縦断的に撮影された頭部X線規格写真(セファログラム)が利用されている。

また、日本人に多く発現するといわれる反対咬合症ではほとんどの場合、後退した上顎骨または過大な下顎骨を伴う骨格系の不調和を有している。こうした患者に対して成長期に良好な咬合を形成し、さらにそれを成人まで維持するためには顎骨成長の特徴に関して以下の点について明らかとする必要がある。

1. 顎顔面骨と身長など全身の成長様相とは一致しているのか

2. 上顎骨と下顎骨の成長様相は一致しているのか

3. 歯の形成・萌出と顎骨の成長にはどんな関連があるのか

4. 上顎前突症や下顎前突症のような顔面骨格パターンの違いによって顎骨成長様相に は差異があるのか

5. 顎骨の不調和はなぜ生じるのか、また調和のとれた咬合はどのようなメカニクスで 維持されているのか

6. 顎骨の成長タイミングや成長量をどのようにして予測するのか

7. 顎骨の成長促進または抑制は可能か、またその効果をどのようにして評価するのか

 これまでの様々な研究の結果、特に顎顔面骨の中でも下顎骨はきわめてユニークな成長変化を示すことが明らかとなってきている。これには、下顎骨は湾曲しているものの両端に軟骨を有する顎顔面骨の中で唯一の長管骨であり、縫合を有し膜内骨化が主体である他の顔面骨と成長様式が異なること、さらに咬合に関与することから機能的に果たす役割が異なることなどが考えられている。

われわれはこれまで身長、骨成熟、骨塩量や骨代謝、二次性徴など様々な点から顎骨成長との関わりについて調べてきた。これまで得られた結果をもとに矯正治療のタイミングの決定や顎骨成長の評価・予測を行っている。しかし、まだ顎骨成長についての完全な予測は不可能であり、咬合形成を少しでも早めるためには明らかとすべき点が多い。

本シンポジウムでは骨成熟、特にTW2(Tanner-Whitehouse 2)法に従って算出した日本人標準化骨年齢の歯科矯正治療への応用を中心に紹介し、今後の展望について触れることとする。

 

骨成熟とホルモン:成長異常の臨床から

田中敏章

国立小児病院・内分泌代謝研究部

 

 骨成熟は、成長発育の尺度として有用で、成長障害の臨床に広く用いられている。骨成熟をみるためには原則として骨格のどの部分でも可能であるが、臨床上は主に手と手首のレントゲンが用いられ、日本人小児に標準化された骨年齢が作成されている。骨の成熟を促すものは、栄養・ホルモン等種々の因子が考えられる。骨年齢に影響を与えるホルモンとして、甲状腺ホルモン、成長ホルモン、性ステロイドホルモン(特にエストロジェン)が知られている。

 甲状腺ホルモンの異常をきたすものに、先天性または後天性甲状腺機能低下症と甲状腺機能亢進症がある。先天性甲状腺機能低下症(クレチン症)では、生下時より著明な骨成熟の遅れが認められる。新生児期の骨成熟の評価には、手と手首のレントゲンは有用性が低く、大腿骨遠位骨端のレントゲンが診断的価値が高い。骨端核の横径や骨幹端の横径との比で評価すると、先天性甲状腺機能低下症のスクリーニングで発見された患児では、2 - 3ヶ月の骨成熟の遅れが認められるが、スクリーニング導入前で遅くなって発見された患児では、著明な精神発達遅滞・成長障害と共に、骨成熟に7 - 9ヶ月の遅れが認められる。慢性甲状腺炎などによる後天性甲状腺機能低下症では、発症以降著明な成長率の低下が認められ、骨年齢は発症時期の暦年齢でほぼ停止している。10 歳以降に診断された甲状腺機能亢進症では、著明な骨年齢の促進は認められないが、新生児甲状腺機能亢進症では骨年齢の促進が認められ、胎内での甲状腺ホルモンの過剰は骨成熟を促進すると考えられる。

 成長ホルモン分泌不全性低身長症(下垂体性小人症)の骨年齢も、著明な遅れがみられ、診断的価値は高い。成長ホルモンの分泌能にもよるが、完全型の成長ホルモン分泌不全性低身長症では、骨年齢は暦年齢の70% 以下を示すことが多い。成長ホルモン分泌不全性低身長症に成長ホルモン治療を行うと、身長の catch-up と共に骨年齢も進行し、治療1年目では平均約 1.5 歳の骨年齢の進行が認められる。治療2年目以降は、前思春期では骨年齢の成熟は暦年齢と大きな差はない。

 成長ホルモン分泌能が正常な非内分泌性低身長症でも、骨年齢は遅れている。これらの低身長小児に成長ホルモン治療を行うと、成長ホルモン分泌不全性低身長症ほどではないが、成長速度の促進が認められ、やはり治療1年目は平均 1.5 歳前後の骨年齢の促進が認められるが、2年目以降は平均1歳前後の進行となる。

 性ホルモンは骨年齢に大きく影響する。酵素の異常により副腎から男性ホルモン(テストステロン)が過剰に分泌される先天性副腎皮質過形成症(21-hydroxylase 欠損症)では、大腿骨端で検討した骨成熟は促進しておらず、出生身長・体重も正常範囲であることより、胎内に於けるテストステロンの過剰は、胎児の骨成熟にも身体発育にも影響を与えないと考えられた。しかし、未治療の先天性副腎皮質過形成症では、1歳半を過ぎる頃から骨年齢の促進と成長速度の促進が認められ、性ホルモンに対する感受性の低下は、1歳半頃までであると考えられた。

 思春期年齢より早期の性ホルモンの分泌による思春期早発症では、二次性徴の発育、成長速度の促進と共に骨年齢の促進が認められる。LHRHアナログによる治療によって、性ホルモンが抑制されると、二次性徴の退行、成長速度の低下、骨年齢の進行速度の正常化または遅滞が認められる。LHRHアナログ治療による骨年齢の停滞は、女子では骨年齢が 10 歳を過ぎたときから、男子では骨年齢が11.5歳を過ぎたときから始まり、それ以降の進行は、平均 0.2 - 0.5 歳/年である。この骨年齢の進行は、性腺機能不全を伴うターナー症候群のそれと一致する。また、低身長で思春期にはいった非内分泌性低身長児にたいする成長ホルモンとLHRHアナログ治療の骨年齢の進行とも一致するため、思春期に於ける骨年齢の進行は、性ホルモン依存性であることが明らかになった。

近年のエストロジェンレセプター異常症やアロマターゼ(テストステロンをエストロジェンに転換する酵素)欠損症の症例の報告より、骨端線の閉鎖は性ホルモンのなかでもエストロジェンの働きによることが明らかになり、思春期の骨年齢の進行も、エストロジェンの関与が重要であると考えられてきた。

 

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1997 - 98 年総会議事録

 

日 時:1997 年 12 月6 日(土)PM3:00-3:30

場 所:東京都立大学国際交流会館中会議室

 

議長に木村賛会員が指名された。

 

報告事項

1. 幹事の選挙権の件(芦澤旧幹事長)

 分科会幹事任期終了に伴う選挙を実施するに当たり、幹事会で諮った結果、他の分科会にならい選挙権所持者、被選挙権所持者は「日本人類学会会員であること」という 申し合わせを行った旨の報告があった。選挙管理委員は高石会員と楠本会員にお願いした。

 

2. 幹事選挙の結果(楠本選挙管理委員)

 去る10月2日から18日までの間に郵送による幹事選挙を実施した。10月28日に選挙 管理委員が開票した結果、芦澤、大槻、河辺、佐竹、高井の各会員が選出された。

 

3. 1996 - 97 年決算報告(資料1)

(1)以下の決算報告がなされた(熊倉旧幹事)。

収 入

繰 越 105,300 円

年会費    50,000 円 (本年会費 43 名、未納者のべ 7 名)

第 6 回研究会参加費  800 円 (当日の懇親会残金を繰り入れ)

人類学会補助金 30,000 円

預金利子   194 円

合 計       186,294 円

支 出

通信費 17,350 円

謝 金  20,000 円   (第 6 回研究会講師 1 名謝礼)

施設使用料 1,416 円   (第 6、 7 回研究会 施設使用料)

雑 費(領収書代)  101 円

合 計 38,867 円

残 金 147,427 円   (次年度へ繰越)

合 計 186,294 円

 

(2)猫田会計監査役による監査が行われ、会計の執行が適正であったことが文書によ り報告された。(会計監査役は学会出張のため欠席し、熊倉旧幹事が代読した。)

 

4.熊倉旧幹事から、会費納入状況は会員49名中本年分の未納者はのべ7名であることが報告された。

 

5.活動報告(芦澤)

(1)研究会を3回開催した。

 第 6 回 Auxology 分科会研究会

日時:1996 年 12 月 2 日 

演者:持丸正明(生命工学工業研究所)、大岩孝子(筑波大学)、佐竹隆(日本大学) 

 

 第 7 回 Auxology 分科会研究会

日時:1997 年 3 月 8 日 

演者:福永哲夫(東京大学)、八倉巻尚子(東京大学)、長谷和徳(慶応義塾大学)

 

 第 8 回 Auxology 分科会研究会

日時:1997 年 11 月 2日 

演者:芦澤玖美(大妻女子大学)、高井省三(筑波大学)、濱田穣(京都大学)、大槻文夫(東京都立大学)、佐藤亨至(東北大学)、田中敏章(国立小児病院)

 なお、第 8 回 Auxology 分科会研究会は大会事務局からの依頼で大会分科会シンポジウムとして開催したが、本分科会の活動に勘案するため、第 8 回研究会とすることが当日の幹事会で承認された旨の報告があった。

(2)第9回研究会は本日開催されるが、第10回研究会は河辺会員にオーガナイザーをお願いした。

(3)News Letter No.5 を 1997 年 1 月 30 日に、No.6 を 1997年 8月 1 日に発行した。

 

審議事項

1. 幹事会の合議による大槻幹事の新幹事長就任決定が承認された。

2. 大槻幹事長は追加の幹事として慈恵医科大学の竹内修二会員を指名し、承認された。

3. 新幹事の合議による濱田穣会員の会計監査役就任決定が承認された。

4. 1997-98 年予算案(資料2)について熊倉旧幹事から説明があり、承認された。

 

収 入

繰 越 147,427 円

年会費 40,000 円

人類学会補助金 30,000 円

預金利子 150 円

合 計 217,577 円

支 出

通信費 20,000 円

謝 金 40,000 円   (第 9、 10 回研究会講師 2 名謝礼)

雑 費 5,000 円

施設使用料 3,000 円

合 計 68,000 円

次年度繰越 149,577 円

合 計 217,577 円

 

5. 幹事長交代のため、預金通帳を解約し、残金(現金)を大槻新幹事長に手渡した旨の報告が芦澤からあった。名義変更にしないのは、相続税徴収を回避するためであるという説明が付加された。また大槻幹事長から、幹事長は1期しか務めないので、会費振込先は従来どおりの住所にして置いて欲しい旨の希望が述べられ、承認された。

 

6. 活動計画

(1)第10回研究会(シンポジウム)のオーガナイザーである河辺幹事から、テーマは成長曲線とし、現在シンポジストの交渉中であることが報告された。

(2)9月の札幌で分科会シンポジウムが開催されるようであれば(佐倉大会会長の方針待ち)、これを第11回研究会にあてる。その際分科会全員に通知を出す。

(3)10月にFELS研究所のA. F. Roche 教授が来日するので、本分科会でも講演を依頼し、これを研究会にする。9月の大会で分科会シンポジウムが開催されれば、この研究会は第12回研究会となるが、もたれなければ第11回研究会となる。

(4)大槻幹事長から、平成10年度科学研究費補助金「研究成果公開促進費」(148万円)を日本人類学会から申請した旨の報告があった。申請内容はシンポジウム・学術講演で、タイトルは「どこまで伸びる日本人の身長:身体の形の変化−過去・現在・未来−」である。申請が受理された際には分科会として協力することが承認された。

        以 上                   

芦澤玖美 記

(本議事録は引継業務との関係で旧幹事長が記録しました。)

 

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第9回Auxology分科会研究会

 

第 9 回研究会は、成長と環境をテーマにした研究発表とミシガン州立大学のR. M. Malina 教授の特別講演を1997 年 12 月 6 日(土)15 時 40 分から東京都立大学国際交流会館において開催された(オーガナイザー:大槻文夫)。

 

[研究発表抄録]

 

ギデラ族(パプアニューギニア)のこどもにおける狩猟技術の発達の16年間の変化

河辺俊雄

高崎経済大学地域政策学部

1. はじめに

 

 1997年7〜8月にパプアニューギニア国西州のギデラ族を対象に人類生態学調査を実施し、子どもの狩猟技術の発達を調査した。ギデラ族の調査は1980年以降数回にわたって実施してきたが、1980年にも今回と同様の調査を行ったので、両者を比較して子どもの狩猟技術の発達における16年の変化を検討した。

 ギデラ族の居住地は熱帯低湿地帯で、雨期の増水時にクリークからあふれた水のために橋や道路が損壊し、交通の発達が著しく遅れていた。河川沿いの地域ではカヌーを使っている。しかし、この16年間でパプアニューギニアは様々に変化し、ギデラ地域においても、数台の小型トラックが使われるようになった。ただし、維持管理のレベルは低く、調査中に実際に稼働していたのは1、2台にすぎないし、道路は整備されてはきたものの、まだ舗装されていない状態である。

 調査を実施した村落は1981年と同様にルアルであるが、1989年にルアルは場所を移動したため、村落の位置や環境条件は全く同じではない。また隣村のカパルには小学校と軽飛行機用の空港ができたため、ルアルも影響を受けており、子どもたちの生活もカパル小学校で学ぶようになって大きく変化したと推測される。ギデラ族の伝統的生存様式の根幹をなす、弓矢による狩猟技術の低下が危惧される。

 

2. 対象と方法

 

 ギデラ地域は熱帯低湿地帯であるが、その内部は森林、疎林、草原、河川が複雑に入り組んでいる。ギデラ族の人口は約2,000人で、人口密度は0.5人/km2と低い。ギデラ族は狩猟・採集・耕作民で、サゴヤシの半裁倍や焼畑耕作(主な作物はバナナ、タロ、ヤム、サツマイモ)、河川では漁労活動を行うが、森林や草原の豊かな動物相に恵まれているので、弓矢猟が非常に重要な生業活動となっている。

 ギデラ族の子どもの狩猟技術の発達を調べるために、ルアルの子どもたちの狩猟経験を思い出し法によって調査した。数人の子どもたちが集まったところで、各々がこれまでに獲ったことのある動物とその数(5以上の捕獲数はギデラ語で多数を意味するjogjogとした)を答えてもらった。狩猟経験の記憶は鮮明であったが、時には間違いを他の子どもに指摘される場合もあった。子どもの記憶に頼る調査ではあるが、このような訂正も加わり、データの信頼性は極めて高いと判断される。なお、捕獲に使用した狩猟具については、1981年の調査で実施したが、今回は省略した。

 一方、ギデラ調査では生体計測を実施しており、今回は主に小学校において行ったが、ルアルの子どもたちも計測した。この結果を用いて、身体成長と狩猟技術の発達との関連を検討することができる。また、1981年では生年月日は不明だったが、今回は多くの子どもの両親が母子手帳を持っていたので生年月日が明らかであった。生年月日が不明の場合は、出生順位から出生年を推定した。

 

3. 狩猟技術の発達

 

 弓を引くには強い腕の筋力が必要となるので、子どもは小型の弓を使い、成長とともに成人の弓に近づいていく。しっかり歩けるような年齢になると、おもちゃ代わりに小型の弓矢で遊ぶようになり、村落内のトカゲを標的とする。やがて子ども同士で村落から離れて遊ぶようになると、種々の小動物を捕獲できるようになる。乾期になると活発に行われる集団猟に参加できるようになると、捕獲数ではもっとも多いワラビーを取り始めるようになる。そして、シカやイノシシのようなかなり大型の獲物も射止めることに成功する。森林に棲息するヒクイドリを獲るには、身を隠して長時間待ち伏せしなければならないので、きわめて高度な技術を要する狩猟である。

 狩猟技術には、弓矢を巧みに操り、獲物に正確にすばやく命中させるのに必要な操作技術だけではなく、狩猟動物の生態に関する知識(生息場所や行動)や狩猟獣への近づき方あるいは獲物のおびき寄せ方なども含まれる。走り逃げる動物を弓矢で射止めるのはきわめて困難なので、数メートルの至近距離まで動物に近づく技術が重要である。このような技術は、成長とともに日々の活動の中で経験を通して高められていくが、集団猟に参加しながら獲得するものの重要性が高い。さらに、個人猟の場合は(夜間に行われることが多い)、父親などに同行して高度な技術を学ぶ。

 

Table 1. Catch by each of the Rual village boys in 1997

4. 調査結果

 

 ルアルの子どもたちの各々について、捕獲した動物と捕獲数をまとめ、生体計測結果の中から身長と体重を加えたのがTable 1である。ルアルの子どもたちは出生順に並べ、捕獲動物は捕獲数の少ないものつまり捕獲が難しいものの順に並べた。多少の個人差はあるが、最若年のNo.1から年齢が高くなるに従い捕獲した動物が増えているのがわかる。捕獲動物を見ると、最下行のトカゲはすべての子どもで捕獲された。次がトリでバンディクートや大トカゲが続く。

 

狩猟動物として重要なワラビーは10歳のNo.8が獲っており、それより年長の者は、No.9とNo.14を除いて全員が捕獲している。集団猟に参加している中にチャンスに恵まれて、成果を上げ始めるのである。14.1歳のNo.18以上の年齢の者はイノシシかシカを捕獲しており、狩猟民として順調に成長している。高度な技術の必要なヒクイドリの狩猟においてもNo.23とNo.26が成功し、狩猟技術の伝統が継承されていると考えられる。

 No.3、No.5からNo.18、No.21の子どもたちは小学校の生徒であり、多くは隣村にあるカパル小学校で学んでいる。就学年齢期間中も年齢が高くなるに従って捕獲動物は増加しており、学校教育が狩猟技術の発達に強い影響は与えていないようである。

 Table 2は、1981年に行った調査の結果である。生年月日は不明なので年齢での比較はできないが、身長に基づいて1997年の結果と比較することができる。1981年の結果も、多少の個人差はあるものの、年齢が高くなるに従って狩猟動物が増加するパターンは同じである。ワラビーを獲ったのは身長が145.5cmのR10、149.6cmのR12、159.4cmのR13の3人である。1997年ではNo.8(10歳)の身長が135.8cmなので、1981年よりも1997年の方がむしろ早い(年齢が低く、身長が低い)段階でワラビーを捕獲したと考えられる。

 

5. 16年間の変化と学校教育の影響

 

 16年間の間に、パプアニューギニアの中では比較的変化は小さいものの、ギデラ族においても様々な変化が生じた。村落間の移動は徒歩に頼らざるを得なかった状況から、小型トラックの利用が可能になり、軽飛行機用空港も増えた。それにより、米、小麦粉、缶詰などの入手が容易になり、外来食品の消費も増えた。しかし、ギデラ地域は、一部に木材生産のために開発が進んだところもあるが、全体に環境はあまり変化していない。動物相は豊かで、シカのように個体数が増加し続けている種もある。ギデラ族は狩猟・採集・耕作民として、自然とのバランスのとれた状態を保っている。村落ごとにショットガンのライセンス数の上限が規制されていることもあり、弓矢猟は男性の生業活動の中心であり続けている。

 世代は交代し、1981年に調査したときの子どもたちは成人して、その多くは現在ルアルの狩猟活動の中心として働いている。1997年と1981年の調査結果を比較して、大きな差は認められなかった。身体成長とともに子どもの狩猟技術は順調に発達し、弓矢猟の伝統は受け継がれている。

 学校教育は普及してきており、小学校はほぼ全員が就学し、中・高校に通う生徒も増加している。調査を行ったルアルの子どもたちの多くはカパル小学校の生徒であり、金曜日の午後にルアルに戻り、日曜日の午後にはカパル小学校に行き、平日はルアルにはいない。狩猟活動の時間が制約されている。しかし、集団猟は生徒たちがルアルに戻っている土曜日に集中させるなどの対応がとられており、結果から判断して弓矢猟の技術は学校教育によって大きな影響は受けていないと判断できる。

 地球環境の変化と関連すると思われるが、1997年の赤道周辺での降水量は著しく少なかった。ギデラ地域でも乾期が早く始まり、長く続いて大きな被害を被った。特に焼畑作物への打撃は大きかったので、サゴヤシ利用中心の生活になってしまった。草の枯れるのが早かったことは、狩猟活動には条件が良く、草原動物が獲りやすくなった。1981年よりも1997年の子どもの方が捕獲動物が多くなったのは、これが原因かもしれない。

 ギデラ族は、森林、疎林、草原、河川が複雑に入り組んだ熱帯低湿地帯において、狩猟・採集・耕作の比重を変化させることで、大きな気候変動を乗り越えてきたのであろう。とくに、焼畑作物に被害がでるような場合は、弓矢猟が重要性を発揮する。ギデラ族では、世代から世代に受け継がれてきた狩猟技術が、成長期間を通じてじっくりと習熟され、男性の生業活動の根幹をなしているのである。

 

フィリピンの子どもの成長と地域差

芦澤玖美

大妻女子大学人間生活科学研究所

 

 子どもの成長はその子どもが属する社会の鏡であるといわれる。ヨーロッパ、インド、南米などでは社会環境が成長に与える現象が研究されてきたが、階級差が比較的小さい日本ではこの観点からの成長研究はほとんど行われていない。Takahashi (1966) の論文が唯一ともいうべきもので、著者は1960年の仙台地方の子どもの平均身長が市内、近郊、農村部の順に低くなること、また同じ年の文部省学校保健統計報告書の46都道府県の平均身長は家庭の収入、牛乳と卵の消費量、洗濯機とTVの普及率と平行していることを示した。東京と秋田の農村の思春期の子どもの差について、Anzai, et al. (1981) は身長は両者ほぼ同じであるのに体脂肪率は東京が大きいこと、また Ashizawa, et al. (1992) も身長には両者間に差がないのに、幅径と胸囲は秋田が、肩甲骨下角皮脂厚は東京が大きいと報告している。ちなみに最新の文部省調査データ(1996年)をみると、身長と体重の平均値の最大値は青森県、最小値は沖縄県であるが、その差はほぼ0.5SDにすぎない。

 今回、われわれが1985年から91年にかけてフィリピンで行った調査資料から身長、体重、BMI を取り上げ、社会経済的環境の差がどのような成長の地域差として表れているかを考察することにした。

 調査地はフィリピンの中でも特に貧しいとされているイサベラ州と首都マニラである。イサベラ州では農村の小学生とナギリアンという町の中学高校生、マニラではマカティ地区とケソンシティ地区の小中高校生である。それぞれの地域で、前者は貧しい階層、後者は比較的豊かな階層と分別される。これら4グループの使用言語の他に、社会経済状況を示唆する親の職業、出生地の分布を図に示した。

これら4グループの身長、体重、BMI の10進法年齢別平均値を求め、横断的成長曲線を描いた。そして、1)男女別に地域間の比較、2)地域別に性差の比較、そして3)最大年齢差「ピーク」出現時期の比較を行った。また対照としての日本人データは1985年の文部省の全国値を用いた。なお文部省データは年齢区分を国際的な方法に依っていないので、修正のため各年齢の中間値を採用した。

 

1.成長の地域差の検討

 

 身長、体重、BMI いずれの成長曲線も、男女ともに、ケソンシティ地区が他の3地域より上位にある。マカティ地区がこれに次ぎ、イサベラ州農村の小学生の曲線は最下位である。同州ナギリアンの中学高校生の成長曲線はマカティ地区の曲線に重なる。換言すれば、フィリピンでは首都でも田舎でも経済的に豊かな階層の子どもと貧しい階層の子どもの成長の間には大きな差が認められ、また首都の貧しい子どもの成長と田舎の豊かな子どもの成長はほぼ一致している、ということである。

 このような身長、体重の地域差ないし社会経済的な差は女子より男子により強く表れるので、一般に環境ストレスに対する男子の感受性はより高いとされているが、本研究で男子は身長、体重のみでなくBMI にもよく反応していると判断される。

これら4グループの中で成長が最も著しいケソンシティ地区の曲線を日本人の曲線と比較すると、いずれの項目でも、子どもでは両者はほぼ一致しているが、思春期を過ぎると日本人の方が身長が高く、体重が重くなることが分かる。

 

2. 成長の性差の検討

 

 思春期には女子の平均値の方が男子の平均値より大きい時期が出現することは周知の現象である。そこで地域ごとに男女の成長曲線を重ねて図化したところ、フィリピン人では女子が男子より大きい程度が日本人より大きく、その期間も長いことが分かった。また、フィリピン人の間ではイサベラ州の子どもの方がマニラ地区の子どもよりその期間が長いことが示唆されている。これらのことから、豊かな生活が思春期の「女子が男子より大きい」という性的二型を小さくしていることが考えられる。

 

3. 最大年齢差「ピーク」の検討

 

 3測定項目の最大年齢差「ピーク」の出現時期をマカティ地区、ケソンシティ地区、日本人で比較したところ、マニラの2グループではこれらが非常に短期間の内に現れているが(半年以内)、日本人ではその間隔が広いことが分かった。ただし、その生物学的な意味は残念ながら不明である。

 

[特別講演抄録]

 

Human biology studies in Oaxaca,

Southern Mexico

Robert M. MALINA

Institute for the Study of Youth Sports, Michigan State University, USA

 

Our studies in the Valley of Oaxaca began in 1968 and continued through1979. The studies have focused primarily on school children. They represent to a large extent the survivors of a reasonably intense selection process in the area associated with a history of chronic undernutrition and high mortality rates during infancy and early childhood (preschool, birth to 5 years). Less extensive data were collected on adults. Results of the studies are as follows:

 

A. Growth Status.

 

The composite sample of approximately 1450 children 6-16years of age from the two rural Zapotec-speaking communities, two rural Ladino communities, and two colonias populares surveyed between 1968 and1972, can be viewed as typical of the public, primary school population in the Valley of Oaxaca at the time of the surveys. The sample does not include better off children of professional and business people in the city of Oaxaca. Oaxaca children have statures that are, on average, consistently below the 5th percentile of U.S. (NCHS) reference data. Mean statures deviate further from the 5th percentile with advancing age after 11-12 years reflecting a later adolescent spurt. Body weights of girls, on average, fall between the 5th and 10th percentiles, while weights of boys approximate the 5th percentile from 6-11 years and then fall below the 5thpercentile. In contrast, weight-for-stature in boys and girls is, on average, appropriate and matches the median for prepubertal U.S. (NCHS) children. The results suggest that growth stunting has occurred during the preschool years. The statures and weights of Oaxaca

children are also smaller compared to middle class children of Mexico City. These general comparisons suggest that Oaxaca school children are, by Mexican standards, smaller than average but similar to Mexican children from the poorest economic conditions.

The estimated median age at menarche (probit) for the composite sample is 14.4=B10.23 years , which is later by more than 1.5 to 2.0 years compared to better-off girls in Mexico, and comparable to median ages for poor and/or not well-off girls in various parts of the world.

 

B. Urban-Rural Comparisons.

 

Children from the rural Zapotec communities are consistently shorter and lighter, and have smaller estimated midarm muscle circumferences than rural Ladino and urban colonia children. Differences between rural Ladino and urban colonia children are not significant. The results suggest that children in rural, indigenous communities in the Valley of Oaxaca probably experienced a history of more severe undernutrition compared to children in Ladinoized and urban communities, and that rural-to-urban migration does not necessarily result in improved growth status. The latter suggestion must be tempered by the fact that the rural-to-urban migration in the Valley of Oaxaca was relatively recent at the time of the surveys. The estimated median age at menarche for one of the Zapotec-speaking communities (14.7=B10.32 years) is slightly later than those of urban girls in the city of Oaxaca (14.5=B10.45)==2E

 

C. Strength and Motor Fitness.

 

Boys and girls from the rural Zapotec community have absolutely lower levels of strength and motor fitness compared to well-nourished children. Grip strength of Zapotec children is appropriate for their body size. Running and jumping performances are less than expected, while throwing performance per unit body size is better than expected for their small body size. The results are not consistent with the postulate of superior effieciency in association with reduced body size in undernourished populations. Rather, they suggest variation with performance task.

 

D. Absence of Secular Change.

 

Surveys of school children in a rural Zapotec community in 1968 and 1978 indicated no differences in stature, weight, arm and estimated midarm muscle circumferences, triceps skinfold, and grip strength over the 10 year period . It is interesting that the mean heights and weights of Oaxaca children in the 1970s are consistently less than middle class children in Mexico City in the 1920s. The results for school children were consistent with adult stature in adults, largely males, which showed no evidence of secular change between the 1890s and the 1970s.

 

Although data are less extensive, mean retrospective ages at menarche for adult women in a single rural Zapotec community grouped by age (20-29, 30-39 ...>60 years) did not significantly differ, and the mean age for the total sample, 14.5=B10.08 years, did not differ from the status quo (probit) estimate for school girls in the community, 14.7=B10.32 years.

The results thus indicate no short term or long term secular change in body size of children and adults, and in age at menarche in samples from the Valley of Oaxaca.

 

[Malina教授の紹介]

 Malina教授は、現在Michigan State University のDepartment of Kinesiology

Department of Anthropologyの教授で、Institute for the Study of Youth Sportsの所長です。体育学と人類学の博士号を取得し(Ph.D., 1963, Physical Education, University of Wisconsin, Madison Ph.D., 1968, Anthropology, University of Pennsylvania, Philadelphia)、ベルギーのKatholieke Universiteitの名誉教授でもあります。また、1991年よりAmerican Journal of Human Biology編集長を務め、 Yearbook of Physical Anthropology, 1981-1986の編集もされていました。

 

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Auxology分科会のホームページ(今年度)

http://www.comp.metro-.ac.jp/~xnomb/AUXOLOGY.html

 

 

 

 

第10回分科会研究会案内

 

きたる4月11日に第10回研究会が東京慈慶会医科大学高木会館で開催されます。シンポジウムのテーマは「成長曲線の諸モデルの検討」です。(河辺幹事)

 

会 場:東京慈恵会医科大学

高木会館 5F D1 D2

日 時:1998年4月11日(土)PM 3:00−5:00

発 表:藤井勝紀(愛知工業大学基礎教育系健康科学)

Webletを用いた成長曲線の当てはめ」

ひきつづき会員による成長曲線の検討等

 

幹事会:研究会に先立ち幹事会を午後2時より同じ場所で開催します。幹事の方はご出席下さい。

懇親会:午後6時より、費用は3000-5000円程度の予定です。

 

研究会と懇親会(と幹事会)の出欠を同封のはがきないしE-mailでお知らせください。

 

[会場への交通]  慈恵医大 西新橋キャンパス

J R:新橋駅下車 徒歩約15

地下鉄:都営三田線御成門駅下車 徒歩約5

    営浅草線大門駅下車 徒歩約10

    日比谷線神谷町駅下車 徒歩約10

    銀座線新橋・虎の門駅下車 徒歩約15

バ ス:東京駅丸の内南口〜等々力 慈恵医大前下車

    目黒駅前〜日本橋三越 御成門下車

    目黒駅前〜東京駅南口 御成門下車

 

[研究会についての問い合わせ先]

日本人類学会Auxology分科会事務局

東京都立大学理学研究科身体形態情報学研究室内

192-0364 東京都八王子市南大沢1-1

Phone & Fax: (0426) 77-2970

E-mail: ohfumi@comp.metro-u.ac.jp

kajikawa-nobuo@ c.metro-u.ac.jp