日本人類学会Auxology分科会
News Letter
No. 6 1997-8-1


はじめに

 冷夏の予報が早くもはずれた蒸し暑さですが,日頃溜まった雑事の処理にお忙しい 毎日をお過ごしのことでしょう.
 さて,Auxology 関係のこの半年間の大きな出来事は第8回国際成長学会議がフィラデルフィアで開催されたことです(1997.6.29 - 7.03,フィラデルフィア小児病院とペンシルヴァニア大学人類学教室共催).本分科会からは小林,佐竹,高石,松本,芦澤が参加し,研究発表を行いました.会員以外の参加日本人は広島大学,東京大学のグループと,鳥取大学から1名でした.カテゴリー別日本からの演題数は,私の勘定に間違いがないとしたら,シンポジウム
0 / 48,口頭発表 2 / 64,ポスター 5 /104です.一般講演の座長はもとより,予め主催者側で準備してあったシンポジウムにも日本人が誰も入っていないということは,Auxology における日本の貢献度が低い(と判断されている)ことを物語っているのでしょう.
 初日のレセプションの前には
80 歳に近い Tanner 教授の講演がありましたが,カセットレコーダを持参しなかったことが悔やまれたほどしゃれた話(のよう)でした.記念講演としていずれどこかに印刷されるのではないかと期待しています.期間中開催された特別講演とシンポジウムのタイトルを以下に列記します:

June 29
James M. Tanner Lecture:
A short walk in the garden of auxological delights (JM Tanner)
June 30
Plenary lecture:
The early environment as a determinant of subsequent growth (DJP Barker)
Symposium 1:
Regulation of growth: Hormonal and other factors (Moderator: J Parks)
Symposium 2:
Models of growth process and analysis of growth data (Moderator: N Cameron)
Symposium 3:
Elite female gymnasts - Auxological concerns (Moderator: RM Malina)
July 1
Plenary lecture:
Neuroendocrinology of puberty and the clinical treatment of growth disorders (AD Rogol)
Symposium 1:
Growth of children with chronic disease (Moderator: G Gilli)
Symposium 2:
Development, use and interpretation of growth standards (Moderator: P Eveleth)
Symposium 3:
Environmental effects on pre- and postnatal growth: Data from the industrialized world (Moderator: U Jaeger)
July 2
Plenary lecture:
Toxic substances in the environment and human growth (L Schell)
Symposium 1:
Adolescence: Growth, maturation and health issues (Moderator: H Lajarraga)
Symposium 2:
Future direction in growth research (Moderator: L Schell)
Symposium 3:
Environmental effects on pre- and postnatal growth: Data from the developing world (Moderator: L Vargas)
July 3
Symposium 1:
Growth in infancy and early childhood (Moderator: J Parizkova)
Symposium 2:
Growth and anthropology of girls (Moderator: M Roede)
Symposium 3:
Growth as a mirror of society (Moderator: ?)
 私にとっては初めての USA 大陸上陸でしたが,時間はお金では買えないというこ とを実感しました.もしアメリカインディアンの国なら 3 万年以上の歴史(先史) があるわけで,また違った感想になったことでしょう.
 国際成長学会議は 2000 年はトリノ(イタリア),2003 年はブエノスアイレス( アルゼンチン)で開催されます.現在 30 代,40 代の会員の中からの活動家の出現 が大いに期待されます.

(芦澤玖美 記)


第 7 回 Auxology 分科会研究会

研究発表抄録
シンポジウム: 運動機能の発達
(オーガナイザー 木村 賛)


発育期の筋アーキテクチュア

福永哲夫,川上泰雄,船渡和男
東京大学大学院生命環境科学系

 発育期には男子では筋が発達し,女子では脂肪の付着が著しい.この身体組成の急激な変化は筋力やパワーなど身体の発揮機能に著しい影響を及ぼす.本研究では,発育期の男女について超音波法により身体組成を分析するとともに筋力等の機能的な側面からの発育期の男女の特徴について明らかにした.
1)発育期青少年の体肢組成
 7歳から18歳までの男子127名、女子124名を対象に、超音波法により体肢の筋および皮下脂肪断面積を測定し、それらにおける発育変化について検討した。男子の場合に、皮下脂肪断面積は7歳から12歳にかけて増加し、12歳から14歳の間では減少するが、15歳以降は再び増加した。女子の皮下脂肪断面積は、7歳から11歳までほとんど変化せず、11歳から14歳の間に急激に増加し、15歳以降はほぼ一定であった。筋断面積は男子では7歳から18歳まで年齢が進むにつれ増加するが、女子では上腕が14歳まで、他の部位が16、7歳まで増加がみられた。皮下脂肪および筋断面積における性差は13歳以降に顕著となった。
 筋に対する皮下脂肪の面積比は男子の場合に12歳から14歳にかけて減少したが、他の年齢ではほとんど変化がみられなかった。女子のそれは7歳から12歳にかけて減少し、12歳から15歳の間では増加し、15歳以降はほぼ一定であった。このことは男子では7歳から12歳、14歳から18歳の各年齢間では皮下脂肪断面積と筋断面積がほぼ同じ割合で増加するが、12歳から14歳の間では筋の増加が皮下脂肪のそれを上回ることを示すものと考えられる。また女子においては7歳から12歳までは筋の増加が皮下脂肪のそれを上回るが、12歳から14歳にかけては逆に皮下脂肪が筋より優位に増加すると考えられる。
 皮下脂肪断面積の上腕に対する前腕および大腿に対する下腿の比は、男女とも皮下 脂肪が増加する年齢間においては減少した。また筋断面積の上腕に対する前腕の比は 、男子では7歳から18歳まで、女子では7歳から14歳まで年齢とともに減少した。一方、大腿に対する下腿のそれは、男女とも年齢による変化はみられなかった。したがって発育期においては皮下脂肪断面積は男女とも前腕より上腕および下腿より大腿において、また筋断面積は前腕より上腕において、それぞれ優位に増加すると考え られる。
2)筋断面積と筋力との関係
 6歳から19歳までの男子140名と女子131名を対象に、筋断面積および身長との関連で筋力の相対発育について検討した。アイソキネティック力量計を用いて肘関節および膝関節の屈曲、伸展における当尺性最大筋力を測定した。上腕および大腿の屈筋群と伸筋群の横断面積を超音波法により測定した。筋断面積あるいは身長(X)と筋(Y)との関係からアローメトリー式Y=bXaを算出した結果、まず身長と筋力の関係では、係数aは男子3.081−3.895、女子2.498−3.771であり、いずれも理論値“2”より高い値であった。一方、筋断面積と筋力の関係においては、係数aは男女の肘関節伸筋群および女子の膝関節屈筋群がほぼ理論値“1”に等しい値を示した。しかし、肘関節屈筋群および膝関節伸筋群のそれは1.434−1.605であり、理論値より高い値であった。またこれらの筋群における単位筋断面積当りの筋力は、身長が高くなるにつれ増加する傾向がみられた。
 このような結果は肘関節屈筋群および膝関節伸筋群における筋力の発育速度は、筋 断面積のそれを上回ることを示すものであり、その理由として日常の筋活動に対する 神経ー筋系の適応を考察した。
3)発育期の筋力トレーニング
 小学生2、4学年児童(95名)を対象に、筋力トレーニングの効果の有無を、主に筋断面積と最大筋力の変化から検討することを目的とした。トレーニング群(以下TG、63名)は以下に述べるトレーニングを行い、コントロール群(以下CG、32名)には特に運動制限を加えず、通常の学校生活を営むよう指示した。トレーニング内容は肘関節静的最大屈曲の10秒間維持を3分以上の休息を挟んで3回行うことを1セットとし、頻度は1日2セット、1週間に隔日の3日、期間は12週間とした。トレーニング効果判定のための測定として、肘関節屈曲、伸展の静的および動的筋力をロードセルあるいはCybex IIを用いて、また上腕組織横断面積は超音波法により測定した。また各披験者の骨年齢をTW2法により算出した。結果は以下のとおりである。
(1)骨年齢の分布は2年生では5.3歳から10.3歳、4年生では7.3歳から11.9歳の範囲を示し、殆どのものは正常の発育段階にあった。
(2)上腕屈筋群の横断面積は、TGでは全集団とも増加傾向を示し、この増加は2 年生女子(13.81%、0.68cm2、p<0.01)、4年男子(14.91%、0.94cm2、p<0.001)および4年女子(16.89%、1.10cm2、p<0.001)において統計上有意であった。これに対して、CGの同断面積は、どの学年および男女の集団においても統計的に変化しなかった。
(3)トレーニング前後での右肘関節の静的最大屈曲力は、TGにおいては、各学年 の男女とも統計上有為な増加を示し、ロードセルから得られたトレーニング後の筋力 増加率は2年男子で17.4%(p<0.01)、2年女子で20.3%(p<0.001)、4年男子で22.2%(p<0.001)、4年女子で25.4%(p<0.01)であった。これに対してCGの同筋力は、どの学年および男女の集団においても統計的に変化しなかった。
(4)TGにおける単位断面積当たりの屈曲力は、2年男子のみに統計上有意な増加 が見られ、他のグループでは統計的に変化しなかった。 (5)思春期前児童の静的筋力トレーニングでは、筋力および筋断面積は増加を示す ものの、単位断面積当たりの筋力に有意な増加が示されないことが特徴であった。


1歳児における歩行特性の変化
−縦断的手法を用いた床反力および3次元データの解析−

 八倉巻 尚子
東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻(人類)

はじめに
 歩行運動の成熟は、歩き始めの1歳から3歳までは急激に進み、その後ゆるやかな発達を経て、7歳くらいに成人に近い状態になるといわれている。我々の研究室では、この発達の著しい歩き始めの乳幼児を対象に、成長過程における歩行特性の変化を捉え、歩行発達の条件を検証することを目的に、縦断的な測定を行っている。今回は、これまでの研究の経過を報告する。
対象
 11ヶ月から3歳2ヶ月までの乳幼児17名、のべ人数は31名である。1歳児については約1ヶ月ごとに継続的に測定を行った。比較対照として、成人男子50名には力学的測定( 93年実施)と、成人男子5名には運動学的測定(96年実施)を行った。これら成人男子は大学生であるが、両方に参加したものはいない。すべての対象者で身長、体重、大腿長、下腿長、外果高、足長、足幅を測定した。身長は立位で行った。対象とした乳幼児の体格について、厚生省が10年に一度行っている乳幼児身体発育調査に照らし合わせると、対象者の体重はおよそ10〜90パーセンタイルに入っていた。一方、身長は10パーセンタイル値よりも低い者が見られた。これは、おそらく、この対象者が小さいというのではなく、厚生省調査が1歳児は臥位で計測したのに対し、我々は1歳児でも立位で計測したためと考えられる。ただし、今回の解析には身長は用いていない。
測定方法
 乳幼児はすべて、以下の力学的測定と運動学的測定を同時に行った。
1.運動学的測定
 3次元歩行解析システム「KINEMETRIX」を用いた。対象者には肩(acromiale)、股関節(trochanterion)、膝関節(tibiale externum)、足首関節(supratarsale fibulare)の4ヵ所に赤外線反射球を貼り、3台のカメラで撮影した。
 ただし、乳幼児の身体に赤外線反射球を直接貼り付けると、対象者本人が外してし まうことが多い。そこで、肩のマーク以外は、各対象者に合わせて赤外線反射球を縫 い付けた黒のタイツをはかせ、歩行路の上を自由に歩かせた。
2.力学的測定
 歩行路中央に設置した床反力計2台を用いた。三角形の床反力計の長辺を向かい合わせるように配置し、乳幼児が床反力上を歩くと、左右の足が一歩ずつ入るよう調節してある。
結果
 床反力計から乳幼児および成人の立脚期の時間を求めたところ、乳幼児で立脚期が短いことがわかった。立脚期の短さは、歩くスピードが速いことを示している。ここで問題なのは、力学的および運動学的因子は、歩行時の速度に影響を受けるということである。つまり、速さを無視して成人と乳幼児を比較してしまっては、乳幼児の歩行発達による変化なのか、それとも速度の影響なのかを見極めることが難しくなる。そこで、乳幼児の立脚期の時間の平均520msecと標準偏差136msecより、385〜656msecの範囲に入る試行だけを抽出した。成人のデータにおいても同様に選択した。その結果、総データ数は力学的測定によるものは乳幼児が257、成人が265、運動学的測定はそれぞれ75、5で、これらを用いて以下の分析を行った。
1.運動学的因子
 肩、腰、膝、足首各部の上下動、左右の揺れを分析するとともに、地面に対する上体の角度、大腿部の角度、下腿部の角度を求めた。 継続的に測定している幼児では、1歳1ヶ月から1歳5ヶ月までの間に、運動学的な歩行の発達が顕著であった。1歳1ヶ月 (歩き始めてから1ヶ月目)では、上体の前傾が見られたが、1歳3ヶ月では直立して いる。平均値で比較すると、1歳児では成人と10度ほど異なるが、前傾から垂直への 変化の時期は早いと思われる。 乳幼児の股関節の伸展は弱く、可動域も成人に比べ 小さい。ただし、踵着地の際、足首関節を成人ほどには背屈していないため、大腿部 を高く上げて、垂直に着地するものと予想していたが、必ずしもそうではなかった。
成人では踵着地直前に足が上方に向かうが、幼児ではその傾向は見られず、膝をや や屈曲したまま、着地している。下腿部角度の最大値(屈曲位)は加齢とともに顕著 に増加する。可動域ではより傾向が著しく、1歳5ヶ月まで急激に増加する。しかし2 歳11ヶ月でも可動域は成人よりも小さい。
2. 力学的因子(床反力)
床反力の下方向、前後方向、左右方向の3分力それぞれにおいて、極値、力積、平 均分力、および踵着地から各極値までの時間を求めた。被験者間で比較するにあたり 、月齢を横軸にとったものと、一人歩きを始めてからの期間(月数)を横軸にとった ものの、2通りで検討した。これは、歩行特性の変化が、プロポーションや筋力、平 衡バランスなど身体内部の変化によるものと、歩行という運動のトレーニング効果と して現れる変化によるもの、という2つの観点から比較するためである。以下に、成 人との違いが見られた項目を上げる。
a) 力に関するもの
下方向分力の第一極大値は、成人では体重の約135%であるのに対し、1歳1ヶ月群 では平均110%と極めて小さい。これは月齢を横軸にとった場合の方が、歩行開始からの期間を横軸にとったもの場合よりも、その傾向が顕著であった。下方向極小値は、 3歳まででは成人より大きな値をとる。第二極大値は1歳前半で特に小さかった。
外側方向分力の力積は、歩き始め7ヶ月目以降から成人に近い値を示した。
前方向極大値は、まだ1,2歩しか歩けない乳児で極めて小さく、加齢に伴いそ の値は徐々に大きくなる。後方向極大値および後方向平均分力は3歳まで成人との差 は大きい。これらの傾向は一部の対象者で、歩行開始からの期間を横軸にとった場合の方が月齢よりも顕著であった。
一部の対象者とは、やや歩行開始が遅かった者で、1,2歩しか歩けない時期は 、月齢は低いが同じ歩行段階にある他の対象者と、類似した力学的特性を示した。と ころが、歩行開始1ヶ月後になると、同じ月齢の対象者(歩行開始からの期間は2ヶ月 以上)と、変わらない状態になった。つまり、歩行開始が遅くても、力学的特性に関 しては、1ヶ月ほどで同じ月齢の者に追いつくということになる。逆にいえば、たと え歩行開始が早くても、すぐに歩行が上達するわけではないことが推測される。
b) 時間に関するもの
踵着地から第一極大値までの時間は、加齢とともに徐々に値が小さくなる。第二極 大値の時間は、3歳までは成人より大きな値をとる。したがって、乳幼児では踵着地 からピーク、ピークからつま先離地までの時間が長いことが示された。これは力の移 動がスムーズにいっていない証拠であろう。特に、歩行開始5ヶ月目までは、それ以 降よりも大きく、一つの臨界期として1歳5ヶ月は、今後注目していくいく必要があるだろう。
考察
 かつて成人を対象に、歩行時の姿勢と床反力の関係について人類学会で報告したが、その結果と照らし合わせてみると、乳幼児においても床反力の変化と身体角度の変化とが一致するものが見られた。 たとえば成人の下方向分力の極小値は、膝屈曲と関連が見られた。乳幼児においても極小値は3歳までは成人よりも大きな値を示し、膝 の角度を見ると、これも3歳まででは、つねにある程度屈曲した状態で歩いているこ とを表していた。膝屈曲の影響は、第一極大値および第二極大値の時間にも関連する のではないだろうか。
 そもそも効率よく歩こうとすれば、上体を垂直にたて、踵着地時には膝を伸展させ 歩幅をかせぐなど、膝の屈曲と伸展を上手に使い分けるほうがよい。今回の結果から 、乳幼児の上体の垂直は早い時期に見られるが、下肢の関節は3歳くらいでも成人と は異なることが示唆された。下方向分力の第一極大値の結果から見られるように、歩 行運動というトレーニング効果よりも、むしろ身体内部の条件の方が強く係わってい ることが推察される。したがって、1歳児の歩行特性は、そういった身体的な制約を 多分に受けていることを示しているのではないだろうか。
 乳幼児はある時期、歩行らしきものを獲得し、それに興味を覚えたとき、転んでは立ち上がり歩くことを何度も繰り返す。このトレーニングによって、乳幼児の歩行はいっきに上達する。しかし、その際、歩行に必要な筋力、バランスなど身体的条件がそろっているわけではない。乳幼児は形態的及び生理的限度のある中で、歩くための最適な方法を見つけだそうと小さい身体で努力しているのであろう。
今後は、この縦断的測定を続けるとともに、発達の特徴を明確につかむために、床 反力のデータは極値だけでなく、全体の形として評価する方法や、速さでデータを選 択しないですむ方法など、より一層検討していく予定である。


神経筋骨格モデルによる2足歩行個体発達のシミュレーション

長谷 和徳
慶応義塾大学理工学部機械工学科

1.目的
 ヒトの歩行などの運動スキルの発達は神経系と筋骨格系との間に生じる動的自己組織化の過程であるという数理的理論を基礎とした考え方が提案されている.しかしながら,ヒトを対象とした研究には実験的制約が多く,歩行発達の研究の多くは現象の観察に止まっており,運動構成要素の相互関係を解析的に明らかにするには至っていない.このような実験的アプローチの限界を克服し,総合的な歩行の解析を可能とするため,本研究では神経筋骨格モデルを用い,自律的歩行発生原理に基づいた計算機シミュレーション手法によって,2足歩行の発達過程における体形と神経系の相互関係を明らかにする.歩行シミュレーションは8ヶ月,12ヶ月,20ヶ月,3歳,5歳,7歳,12歳,22歳の体形,および仮想的な体形について行い,生体力学的観点より考察を行った.
2.方法
 ヒトの2足歩行体形を足部,下腿,大腿,体幹,上肢の左右合計9節からなる矢状面2次元剛体リンクと,腰部の回旋を表す腰部と胸部の2節からなる水平面2次元剛体リンクの2種類の2次元リンクによりモデル化した.筋骨格系は下肢の主要筋と肩および腰部の筋の左右合計24の筋モデルからなる.また各関節には軟部組織による非線形粘弾性モーメントが作用するものとし,床面は粘弾性体によりモデル化した.
 身体の節寸法や質量などの慣性パラメータ,および筋生理断面積などの筋パラメー タは文献値や身体寸法との比率を用いて定め,幼児から成人までの8種類の体形条件 を定義した.また身体プロポーションと身体サイズの関係を検討するため,身長・体 重が12ヶ月幼児と同一で身体プロポーションが22歳成人と同一な仮想幼児と,逆に, 身長・体重が22歳成人と同一で身体プロポーションが12ヶ月幼児と同一な仮想成人を モデル化した.
 神経系のモデルには16の神経振動子と24の運動ニューロンからなるリズム発生回路 網を用いた.各神経振動子は各関節の屈曲・伸展モーメントに対応するリズムを発生 し,運動ニューロンは神経振動子出力や他の運動ニューロン出力を組み合わせ,各筋 への出力インパルスを発生する.
 歩容の生成には神経系のパラメータを適切に定める必要があるが,本研究では歩行 の評価基準を目的関数とした最適化手法により,これらの値を決定するようにした. このときの歩行の評価基準には水平移動のエネルギ効率を表す移動仕事率と筋への力 学的負担を表す筋疲労度の重み付き線形和を用い,これを最小化するように最適化計 算を行った.計算の所要時間は各年齢の体形モデルに対し,5台のワークステーショ ンを並列的に利用して約20時間であった.
3.結果および考察
 各年齢モデルのシミュレーション結果を実歩行の計測結果と比較すると定性的に良 く一致した傾向が得られた.特に幼児体形について爪先からの接地や接地時の膝関節 伸展の不完全さ,および腕振りの振幅の小ささなど幼児歩行の特徴をよく再現するこ とができた.仮想幼児では12ヶ月体形と同様に不安定な歩容で,爪先から接地してい るが,歩行周期は遅くなった.また仮想成人では腕振りの振幅が小さく,歩速が速く なった.
 歩行の評価基準である移動仕事率と筋疲労度の加齢変化の様子を見ると,各評価基 準の値は加齢に伴い減少しており,このことから幼児歩行は相対的にエネルギ効率が 悪く,また筋への負担が大きいことが分かる.
 次に神経系の振動周期を決定するパラメータの加齢変化を見ると,歩行周期の変化 傾向とは必ずしも一致しなかった.これより歩行周期は神経系よりも身体力学系の影 響を強く受けて形成されていると考えられる.さらに神経系の発生リズムの振幅を決 定する上位中枢からの定常入力信号の加齢変化を見ると,幼児ではこの値が大きく, 加齢と共に減少している.このことから幼児歩行は体形による振り子的な運動ではな く,神経系による強制的な運動になっていると考えられる.
 本シミュレーションでは神経系を体形条件に適応させているため,幼児歩行の稚拙 さの原因を身体力学系の要因に帰着させることができる.幼児体形では絶対的寸法の 小ささは勿論であるが,質量分布が成人と大きく異なる.ここで上肢長/下肢長とし て定義した肢間示数と上位中枢からの定常入力信号との関係を見ると,両者の間には 強い相関が認められた.幼児体形では質量分布がアンバランスであり,上肢・下肢運 動の協調関係が阻害されるため,結果として神経系の活動が大きくなっていると考え られる.この関係は仮想体形においても当てはまることから,歩行の獲得には神経系 や身体サイズの発達と共に,身体プロポーションの発達,形成が重要であると考えら れる.すなわち神経系の発達と身体プロポーションの変化により,大きな筋力を必要 とする運動から重力を有効に利用した振り子的な運動への遷移が歩行の発達過程の特 徴であることが分かった.