日本人類学会Auxology分科会
News Letter
No. 5 1997-2-17


はじめに

 沈丁花の蕾も膨らみ,キラキラした陽光の中にスギ花粉が漂い始めました.皆様お 元気ですか?
 高井会員がオーガナイズされた昨年末の第6回研究会のシンポジウムはいつもより
少し狭い部屋だった上に参加者が多く,大入り満員の盛況でした.そして,当日講演 をされた持丸正明,大岩孝子両氏の他に,鈴木朗子,渡辺哲司(いずれも東大教育学 部)の2氏が新たに本分科会に入会されました.すでに持丸新会員は人類学会で口頭 発表をなさっていますが,他の体育系の3氏も学会にも参加し,Anthropological Sc ience にもどんどんお書き下さるよう期待します.本誌は編集委員の任期切れで,来 年から編集体制が新しくなりますので,これを機に和文誌をもう1号増やすことを検 討中です.
 さて来月の研究会は木村会員が世話をして下さいます.一層活発な会になることで
しょう.また11月初旬には,大槻会員の招聘でミシガン州立大学の Malina 教授が来 日の予定です.滞在が短期間の上,人類学会の日程との兼ね合いもありまだ未定です が,いつも12月に開催している本分科会の研究会を繰り上げて教授に講演をしていた だけないかどうか大槻会員にお願いしてあります.なお,研究室の面白いニュース, 新人紹介など,ごく短くて結構ですから事務局までお寄せ下さい.

(芦澤玖美)


第6回Auxology 分科会
1995-96 年総会議事録

日時:
1996年12月7日(土)14時-15時
場所:
大妻女子大学セミナー室
出席者:
浅香,芦澤,大岩,大槻,加藤(則),加藤 (久),川畑,河辺,木村,熊倉,河内,小林, 佐竹,佐藤,周,徐,鈴木(朗),高井,高石,竹内,猫田,濱田,平塚,八倉巻,渡辺

議長に佐藤会員が指名された.

報告事項
  1. 1995-96年決算報告
    1. 熊倉幹事から決算報告がなされ,通帳と金銭出納帳を回覧した.(決算報告書当日配布)

収入

繰越

101, 524円

年会費

40,000円

第4回研究会

5,000円

人類学会補助金

30,000円

預金利子

408円

合計

176,932円

支出

通信費

14,910円

謝金

40,000円

施設使用料

16,722円

合計

71,632円

残金(次年度繰越)

105,300円

合計

176,932円

  • 猫田会計監査役による監査が行われ,会計の執行が適正であったことが報告された.
    1. 熊倉幹事から,会費納入状況は会員41名中本年分の未納者は3名,過去3年間の未 納者は1名であることが報告された.
    2. 活動報告(芦澤)
      1. 研究会を2回開催した.    第4回Auxlogy分科会研究会 1995年12月2日 演者 Roland HAUSPIE    第5回Auxlogy分科会研究会 1996年3月9日  演者 平塚真紀子,加藤則子,浅香昭雄
      2. News Letter no.3を1996年1月30日に,no.4を1996年8月1日に発行した.
    3. その他(高井会員)
      1. 人類学会ホームページ開設に伴い,本分科会のホームページを開設した (第6回幹事会承認済み). http://biking.taiiku.tsukuba.ac.jp/~jinrui/auxology/
      2. 幹事の mailing list を開設した(各幹事にメールで通知済み). auxology@biking.taiiku.tsukuba.ac.jp
      1. 審議事項
        1. 1996-97年予算案について熊倉幹事から説明があり,承認された.

        収入

        繰越

        105, 300円

        年会費

        36,000円

        人類学会補助金

        30,000円

        預金利子

        400円

        合計

        171,700円

        支出

        通信費

        15,000円

        謝金

        40,000円

        雑費

        5,000円

        施設使用料

        3,000円

        合計

        63,000円

        残金(次年度繰越)

        108,700円

        合計

        171,700円

      2. 次回の第7回研究会開催は木村会員に,第8回研究会開催は大槻幹事に世話役を引 き受けてもらうことを依頼し,両氏から快諾を得た.時期はそれぞれ1997年3月8日と11月末から12月初頭にかけてを目途にする.
      3. 高井会員より幹事の mailing list (auxology@biking.taiiku.tsukuba.ac.jp ) を会員のmailing listに発展させたいとの提案があり,承認された.参加希望者はその旨を高井会員(takai@taiiku.tsukuba.ac.jp)まで連絡されたい.

        1. 第6回 Auxology 分科会研究会
          研究発表抄録

          シンポジウム: 成長を測る
          (オーガナイザー 高井省三)

          1.成長に伴う頭蓋骨の3次元形態変形

          持丸正明
          生命工学工業技術研究所

          1.はじめに
           骨形態の変異に関する研究は大部分が骨や身体の寸法に基づいて行われてきた。このような寸法データに基づく解析によれば、特定部位の成長などによる変化パターンを捉えたり、変異の大きな部位を明らかにすることができるが、反面、3次元形態の全体としての変異傾向を捉えることは難しい。本研究では、形態の3次元変異パターンや形態の違いを定量化するための技術として、コンピュータグラフィック技術を応用した新しい形態分析技法を開発した。本手法を用い、現世人類とネアンデルタール人の成長に伴う頭骨変形パターンを定量化し、成長過程の中間形態の生成も試みた。また、定量化した形態の違いに基づいて、頭骨3次元形態の人種間変異について分析した。
          2.方法
           本研究では、対象形態Aを目標形態Bに一致するように変形させるための空間歪関 数を取得し、この関数に基づいて2つの形態AB間の変異パターンや形態の違いを定 量化する。ここでは、空間歪み関数を取得する方法として、Free Form Deformation 法(以下FFD法)と呼ばれるコンピュータグラフィックスの技法を利用した。この方 法では、対象形態を周囲の制御格子点の区間関数(3次 B-spline関数)で表現し、 制御格子点を移動することによって対象形態をなめらかに変形することができる。こ のときの制御格子点の移動ベクトルが、空間の歪を表す関数に相当することになる。 形態Aを形態Bに変形させるための制御格子点移動ベクトルを取得するには、あらか じめデータ点の対応がつけられた3次元形態データABの組が必要となる。ここでは 、解剖学的な特徴点や縫合を利用し、頭蓋を175点のデータ点(288ポリゴン)に、下 顎骨を70点(96ポリゴン)にモデリングした。モデリングしたデータ点を頭骨上に直 接マーキングし、磁気方式位置センサ(Polhemus社FASTRACK)でデータ点の3次元座 標を計測した。正中面をXZ平面、ポリオンとオルビターレを結ぶ直線に平行な軸を X軸とし、図心を原点とした。
           周辺に配置する制御格子点の総数は形態データ点総数の1.5倍以内とし、XYZの 3軸方向の格子点間隔がほぼ同程度になり、かつ、格子点の最大幅が対象形態の最大幅の1.1倍程度になるように設定する。頭骨の場合、頭蓋は前後7×左右5×上下7、下顎骨は前後5×左右5×上下4の等間隔の制御格子点を設定した。この格子点を適当に移動させれば、対象形態を目標形態に一致させるように変形することができる。ただし、制御格子点総数が形態データ点総数より多いため、そのような最適格子点移動ベクトルを解析的に求めることはできない。そこで、制御格子点の歪をできるだけ小さくし、かつ変形後の形態が目標形態にできるだけ一致するという最適化条件に基づいて、準ニュートン法によって最適格子点移動ベクトルを算出した。
          3.結果と考察
          3.1.成長に伴う形態変形と成長シミュレーション
           本手法を用いて、現世人類とネアンデルタール人の成長に伴う頭蓋骨形態変形を定 量化した。現世人類はインド人成人1体(生命研所蔵)、インド人幼児1体(推定5 歳,東北大学所蔵)を使用した。ネアンデルタール人は、デデリエ遺跡で発掘された 幼児(推定2歳)とアムッド遺跡で発掘された成人(ともに東大資料館所蔵)を使用 した。現世人類、ネアンデルタール人ともに、顔面部のうち上下顎骨の歯槽部の成長 変異が大きいことが分かった。また、ネアンデルタール人では、頭蓋を前後方向に大 きくさせるための変異パターンが顕著で、特に、幼児骨では見られない眼窩上隆起が 発達する部分の変異が明確に現れている。本研究では、さらに、取得した成長変異の 空間歪み関数を部位ごとの成長曲線に従って補間し、それを幼児骨に適用させること で中間年齢の頭蓋骨成長形態を推定した。ネアンデルタール人では、10代後半にな ってから眼窩上隆起の発達が、顕著な顔貌の変化をもたらす。
          3.2.頭蓋骨形態の人種間変異
           本手法による3次元形態分類の有効性を検証するために、ネアンデルタール人と現 世人類頭蓋骨の3次元形態の分類を試み、分類結果が先験的な知見と一致するかどう かを検証した。ネアンデルタール人は上記のアムッド遺跡のものを使用し、現世人類 はインド人成人男性6体、成人女性2体(いずれも筑波大学所蔵)と日本人成人男性 2体(東京大学所蔵)を使用した。以上11体の頭蓋骨形態を本手法で相互に変換し 、制御格子点の移動ベクトルの大きさから形態間距離を定量化した。11×11の距 離行列から、多次元尺度法によって刺激布置を求めた。最もかけ離れているのはネア ンデルタールで、それ以外はインド人男性、インド人女性、日本人男性がグループを 形成するように分布した。これらの分布は先験的な知見と一致しており、本手法の定 性的な有効性が確かめられた。ネアンデルタール人と現世人類との形態距離は、イン ド人男性の個体差の形態距離の2倍程度であった。
          4.まとめ
           FFD法を利用した3次元形態分析法を開発し、成長変異パターンの定量化とそれに 基づく成長変異予測、および頭蓋骨の人種間変異の分類を試みた。本手法による分類 結果は先験的な知見と一致しており、その有効性が確認できた。

          2. 中学生の身長成熟と運動能力との関係

          大岩孝子
          筑波大学体育研究科

           思春期のこどもの運動 能力を評価する時は,成 長の個人差を考慮する必要が ある.そのために,従来,骨成熟が使用され てきた.しかし,骨成熟 を知るには ,X 線撮影の 制約や危険性が伴う.そこで,非侵襲的に測ることができる生物学的成熟の指標として,身長成熟度を求め,運動能力との関係を調べた.
           個人のある時点において,予測成人身長を実際の身長でわった百分率を身長成熟度 とした.予測成人身長は BTT モデル(Bock, Thissen and du Toit, 1994)によって 求めた. BTT モデルは,3 重のロジスティックな成長曲線を縦断的身長データにあ てはめて 25 歳時の成人身長を予測をする方法である.本研究では,小学校 6 年間 の身長データを予測データとして使用した.小城成長研究の資料から,中学生におけ る身長成熟度の精度を検討した.中学生男子では,身長成熟度の実測値と予測値の相 関は高く(r = 0.94),身長成熟度と骨成熟(TW2 20-bone score)との相関も高か った(r = 0.82).女子では,中学生では成人身長に到達するものが多く,身長成熟 度は実測のものとはやや異なった(r = 0.66).したがって,男子では予測身長成熟 度は,骨成熟にかわる生物学的成熟の指標となることが明らかとなった.
           運動能力との関係を検討するための資料は,茨城県つくば市の公立中学校に在籍し ている生徒,男子 277 名,女子 255 名を対象とした.すべての生徒を対象に,過去 に学校で実施された健康診断とスポーツテストの追跡調査を行い,混合縦断的な資料 を得た.小学校での身体計測時の暦年齢と身長の 6 年間の縦断的データから,BTT モデルにより成人身長を予測した.
           男子の 3 学年を含む横断的データを使用し,各スポーツテストの結果と身長成熟 度・暦年齢・身長・体重・BMI との相関分析を行った.パワーを要する種目(垂直と び・50m 走・走り幅とび・ハンドボール投げ)や,筋力を測る種目(背筋力・握力) と身長成熟度・暦年齢・身長の 3 つの成長指標と高い相関を示した(|r| 0.47) .そこで,各スポーツテストの結果と身長成熟度・暦年齢・身長(現量値)のそれぞ れの偏相関を求めた.走力を評価する 50m 走は身長成熟度との偏相関がもっとも高 かった(r = -0.31).敏捷性を評価する反復横とびは暦年齢との偏相関がもっとも 高く(r = 0.22).経験や習熟による発達が考えられる.握力とハンドボール投げは 身長の影響が大きかった.筋力は筋断面積に比例し,筋断面積は身長の二乗に比例す るという関係から説明できるかもしれない.女子においては有意な関係はあるものの ,高い相関を示すものはなかった.
           学年ごとに,身長成熟度のパーセンタイル値により,晩熟(0 〜 25 パーセンタイ ル),普通(25 〜 75 パーセンタイル),早熟(75 〜 100 パーセンタイル)の 3 群に分け,各スポーツテスト種目の一元分散分析を行った.男子では,1 年では柔軟 性以外のほとんどの種目(敏捷性・パワー・筋力・持久力)に 3 群あるいは 2 群の 差が見られたが,3 年では,走り幅とびを除き成熟差はなかった.走り幅とびは 3 年間一貫して早熟群が晩熟群より記録が高かった.女子は,3 年間一貫して成熟差の ある運動種目はなかった.すなわち,身長成熟による運動能力の違いは,身長成熟が まだ完熟していない中学低学年で顕著であるが,加齢とともにその差がなくなる.

          3. 縦断的調査による発育・発達研究

          佐竹 隆
          日本大学松戸歯学部

           最近,健康という観点から,身体活動あるいは運動や life style と,形態や機能 の加齢変化を明らかにすることが急務であると認識されるようになってきた.縦断的調査は,成長研究にとって重要であると事あるごとに述べられてきた.発育・発達研究は,誕生から乳児期,幼児期,学童期,思春期を経て身体的に完成する時期に関するもので,からだの変化はヒトの一生の中でも変化に富み,関心の持たれるところである.縦断的研究は,加齢変化に関するものである.縦断的調査資料は実験的に追試することは不可能であり,重要な意味をもつ.形態に関する研究に比べ,機能に関する縦断的研究は非常に少ない.この種の縦断的研究を遂行するのは困難ではあるが,からだの発育・発達を解明する上で不可欠である.そこで,被検者数は少ないが,思春期のからだの発育と体力の発達の様相,ならびに相互関係について観察検討するため,我々が解析しつつある縦断的調査の概要と,縦断的解析のねらいについて報告したい.
           被検者は,特別な運動選手を含まない男子 9 名である.計測は,被検者の暦年齢 が 9 歳から 17 歳に至る 8 年間で,毎年一回ほぼ同時期に行った.当初は男女につ いて計測を計画し実行したが,中学生になって,女子の全員が計測から脱落してしま った.計測を進める中で,児童・生徒との協力関係を構築する過程に困難と重要な意 義が含まれることを再認識した.
           計測項目は身体計測(身長,体重,座高,胸囲他 13 項目,皮脂厚(13 カ所)) ,骨年齢,筋断面積(大腿筋断面積,下腿筋断面積),筋力(膝関節伸展力,足関節 底屈力),最大酸素摂取量,乳酸性作業閾値,左室拡張期径などである.骨年齢は, 左手手部 X 線写真撮影を行い, TW2 法により決定した.大腿及び下腿筋断面積は, 超音波法により伸展位で測定し,断面積はプラニメーターで計測した.最大酸素摂取 量は,アニマ社製呼気ガス分析器を用い,トレッドミルによる速度漸増負荷法により ,連続的に呼気ガスを分析した.水平位で 80m/min からスタートし,年齢などに応 じて 15m/分または 20m/分の幅でスピードを上げ,exhaustion に追い込んだ.血中 乳酸濃度は,耳垂からヘパリン処理したヘマトクリフト管に採血し,除蛋白後酵素法 を用いて測定した.心臓の形態の測定は,フクダ社製 SSD-720 断層心エコー装置を 用い,安静仰臥位にて行い,断層像モードにより,ビームの方向を確認しながら M モード記録を行い左室拡張期径を計測した.
           身体各部の形態の発育速度は部位によって異なり,発育勾配は大まかに決まってい る.機能の発達勾配といったものがあるのか.先ず,形態との関係で機能発達につい て,骨の化骨度から成熟度を測る骨年齢を基準に,身長,体重,座高,筋力,呼吸循 環系機能の指標として最大酸素摂取量,その形態的要因として左室拡張期径を用い, 予備的に体力の発達について検討を加えた.縦断的に観察した結果,身長の思春期発 育スパートがみられるものでは,その時期に一致して呼吸循環系能力および筋力の発 達の増大がみられる者もいるが,それらが一致しない者もいる.また,個人別に最大 酸素摂取量(ml/kg・min)と左心室拡張期径の相関分析を行った結果,相関係数の高 い者から低い者までさまざまであり,個体差は大きい.
           縦断的調査資料の解析にあたり,平均成長(average growth)の観点からみた集団 の成長の様子と,個人成長(individual growth)の観点からみた個人の成長の様子 は異なり,さらに個人間のバリェーションも非常に大きく,集団で分析した場合と結 果は非常に異なる傾向が伺えた.縦断的資料収集の困難さはいうまでもなく,解析法 と結果の解釈の方法にも多くの困難と,問題がある.縦断的研究に纏わる問題を解決 しつつ,発育・発達の様相を明らかにしていくことが必要である.