日本人類学会Auxology分科会
News Letter
No. 2 1995-8-1


はじめに

全国各地に大きな被害をもたらした長梅雨がやっと終わった途端,連日の熱帯夜で,高温多湿の地に生活せざるを得ない運命とあきらめる季節が今年も巡ってきました。それにも関わらず,会員諸氏はお元気な日々をお過ごしのことと思います。
昨年末には東大の大塚柳太郎さんのお世話でケンブリッジ大学生物人類学研究室のウリアシェイク氏に講演していただきました。3月の研究会では,佐竹さんのお世話で東北大学の佐藤亨至(こうし),会員の浜田,高井の3氏にガッチリとした講演をしてもらい,大いに勉強になりました。今年の12月には私の申請が採用されてブリュッセル自由大学人類遺伝学研究室のオスピー氏が来日しますので,本分科会で講演をお願いしてあります。本人からの連絡によれば7月の段階で抄録も完成しているそうで,有能で忙しい人はこれほどまでに努力するのかと感嘆しています。来年3月の研究会は加藤則子氏にお世話いただくことになっています。
また,人類学会の立場から,成長の論文を機関誌Anthropological Scienceにどしどし投稿されるようお願いします。
どうぞ良い夏休みでありますように!!!
(以下の記事では敬称を省略しています。)

次回Auxology分科会のお知らせ
日時:1995年12月2日l5時
場所:東京大学山上会館(予定)
講演者:Dr. Roland HAUSPIE
 Laboratory of Anthropogenetics
 Free University Brussels


第2回Auxology分科会研究会

第2回Auxology分科会研究会が1994年12月17日(土)15時から大妻女子大学において開催された。

研究発表抄録

Long term health concequences of early environmental factors influencing growth and development.

Stanley J, ULIJASZEK
Department of Biological Anthropology
University of Cambridge

Over the past 40 years or so, it has become clear that the effects of environment upon the genotype are rarely simple, and often not immediately apparent. This has become evident with the identification of a number of early environmental factors, influencing human growth and development, having long-term biological or behavioural consequences.
These include relationships between the following: 1) the intrauterine environment and adult cardiovascular disease, chronic bronchitis and hypertension (Barker, 1990) ; 2) respiratory infection in infancy and chronic Iung disease in adult life ; and 3) adverse experiences in childhood and adult psychosocial functioning. Furthermore, authors have speculated about possible relationships between the following : 1) the intrauterine environment and non-insulin-dependent diabetes mellitus, and schizophrenia ; 2) growth in early childhood and adult immune aging ; and 3) environmental factors influencing adolescent growth and development and ovarian function.
Although often describing disparate phenomena, these observations and speculations are linked by the notion that human developmental processes are environmentally sensitive in a variety of ways, and the outcomes of these proccsses only become manifest in adult life, or alternatively, appoar in childhood and persist into later life. What constitutes an early environmental influence is therefore anything that happens before full developmental maturity is achieved. Of relevance to this type of study is the lifespan perspective of human development, first used to describe processes and states in psychological development, but since broadened to encompass all adaptive phenomena in human biology. In this sense, biological anthropologists use the lifespan perspective to evaluate the influence of characteristics at one stage of the life cycie upon subsequent stages. In the present context, the lifespan perspective is limited to the influence of factors during growth and development to different stages in adult life. including aging.
In this presentation, the human lifespan is set in an evolutionary context, and links are drawn between environmental influences on growth and development, and biological and behavioural characteristics in adult life. These links are viewed from the lifespan perspective, and examples are drawn from various areas including physiology, epidemiology and anthropology.


第3回AuxoIogy分科会
1994-95年総会議事録

日時:
1995年3月11日(土)14時−18時
場所:
大妻女子大学セミナー室
出席者:
芦澤,加藤(則),川畑,河辺,熊倉,佐竹,佐藤,高井,高石,竹内,猫田,濱田,平塚,平本
報告
  1. 1993−94年の決算報告(芦澤)

収入

繰越

53,312円

 

年会費

33,000円

 

日本人類学会補助金

30,000円

 

預金利子

215円

 

合計

116,527円

支出

通信費

6,296円

 

謝金

20,000円

 

雑費

4,869円

 

合計

31,165円

 

残金(次年度繰越)

85,362円

  • 猫田会計監査役から会計の執行は適正であったと報告され,決算が承認された。
  • 分科会での講演の抄録は本News LetterとAnthropological Science No.5(和文誌)に掲載され,口頭発表扱いになる。
  • 芦澤から今回の講師である佐藤氏が入会するとの報告があった。
    1. 審議
      1. 芦澤から1994‐95年の予算案の説明があった。

      収入

      繰越

      85,362円

       

      年会費

      33,000円

       

      日本人類学会補助金

      30,000円

       

      預金利子

      215円

       

      合計

      148,577円

      支出

      通信費

      12,000円

       

      謝金

      40,000円

       

      雑費

      5,000円

       

      合計

      57,000円

       

      残金(次年度繰越)

      91,577円

    2. 雑費から会場費を出すことが承認された。
    3. 第4回Auxology分科会研究会開催について
      1. 芦澤からブルッセル自由大学のDr. HAUSPIEが11月20日から2週間来日するので12月2日午後15時頃から研究会を行うという報告があり,承認された。
      2. 場所について,大妻でということであったが,高石から12月2日推薦入試の日なので,大妻は使用できないのではという意見が出され,場所については後日検討することにした。
    4. その他 高石からもっと会員を増やしてはどうかという意見があった。

      1. 第3回Auxology分科会研究会
        研究発表抄録

        1.顎顔面部の成長と骨年齢

        佐藤亨至
        東北大学歯学部歯科矯正学講座

        歯科矯正学においては顎顔面部の成長が極めて重要な研究課題となっている。その理由として,歯科矯正臨床においては小児を対象とすることが多く,咬合を形成するうえで上・下顎骨の大きさや相対的な位置関係が重要な考慮事項となるため,不正咬合の治療を開始する前に顎骨の成長変化についてあらかじめ予測する必要があるためである。
        下顎骨は顔面頭蓋の中で特異的な形態をした骨で,湾曲しているものの上・下肢と同様の長骨であることから,その平面に投影した長さは身長の増加様相と類似したパターンを示す。最終身長の予測方法の一つとして,現在身長の骨年齢相当相対値(SDスコアまたはパーセンタイル値)が最終身長においても保持されるという仮説をもとにしたprojected height法が検討されている。そこで顎骨の大きさの骨年齢相当のSDスコアも成長期を通じて基本的に保持されているという仮説について検討した。また,矯正臨床においては上・下顎骨の位置や大きさに不調和がある場合には顎整形装置や機能的矯正装置を適用して顎骨の成長抑制や促進を計る。しかし,これらの顎骨成長に対する効果には否定的な意見も多く,まだ明確な結論が出ていない。そこで,顎骨の長さのSDスコアは成長期を通じて基本的に保持されているならば,その変化の有無から顎骨成長に対する効果を評価できる。
        まず,上・下顎骨の位置と大きさに不調和のない女子20名の8歳より成長終了まで経年的に撮影された側面頭部X線規格写真(セファロ)を用いて,上顎骨前後径および下顎骨全体長の標準成長曲線を作成した。本仮説を検討するためのcontrolとして女子47名のstage 1(平均11.2歳)およびのstage 2(平均18.3歳)のセファロと手部X線写真を用い,stage 1における暦年齢およびTW2法による日本人標準化骨年齢相当の下顎骨全体長SDスコアと,stage 2におけるSDスコアを求めて相関を調べた。Stage 1において暦年齢相当SDスコアを用いると相関係数は0.75,骨年齢RUS相当SDスコアでは0.82とさらに高い相関が認められた。また,stage 1における骨年齢相当の下顎骨全体長SDスコアが成長終了時においても保持されると仮定した場合の予測値と実測値との誤差の絶対値は平均2〜3mmであり,Carpalでやや誤差が大きく,20−BoneとRUSで小さい傾向が認められた。
        次に,下顎前突症に対して下顎骨の成長抑制の目的で用いられるChincap装置を適用した女子28名(平均適用期間3.1年)のstage 1(平均10.1歳)およびstage 2(平均18.8歳)のセファロと手部X線写真を用いて検討した。Stage 1におけるRUS相当の下顎骨全体長SDスコアと,stage 2におけるSDスコアとの相関係数は0.83で,controlとほぽ同じ値を示した。Stage 1とstage 2のSDスコアの変化についても有意差は認められなかった。このことはchincap装置による明らかな下顎骨の成長抑制効果は認められないことを意味している。
        さらに,上顎前突症に対して下顎骨の成長促進の目的で用いられる機能的矯正装置(Bionator)についても同様の検討を行った。その結果,下顎骨各部の長さのSDスコアは明らかに増加し,下顎骨の成長促進が起きていることが確認された。現在,TW2法は顎顔面骨における成長ポテンシャルの最も優れた評価法と考えられるが,臨床においてはより客観性が高く,また成長終了時期まで評価の可能な骨成熟評価法の確立が望まれる。

        2.霊長類の歯牙年齢と骨格年齢

        濱田 穣
        京都大学霊長類研究所

        ヒトの特徴的な発育パターンの進化をさぐることを主目的として,霊長類の様々な種の発育パターンが比較・研究され,系統発生学的検討が古くから行われている(例,ポルトマンの2次的就巣性仮説など。)本稿では,霊長類の歯と骨格の発達について概説する。いくつかの主要霊長類種に関して,種内変異をも含む詳細な歯萌出研究が行われるようになった(e.g. Iwamoto et al., 1984, 1987;Kuykendall et al., 1992)。種特有の萌出スケジュールを記述するような関数も考案されており,歯牙年齢を生物学的年齢として,系統発生学的考察が可能となろう。また最近の研究動向として,個体発生パターンをその種の生活史(Life history)と結びつけて検討することが試みられるようになってきた。発育のそれぞれの段階に特有の適応が働いているだろうことを前堤としている。Smith et al(1994)は原猿類からヒトにいたるまでの乳歯と永久歯の萌出年齢を,種横断的に相関・回帰分析し,歯の萌出は非常に規則正しくスケジユール化されていること,さらに萌出年齢と脳垂量の相関係数が非常に高いことを明らかにした。歯は食物を直接咀嚼する器官であり,個体のエネルギー摂取と密接に関係している。従って,身体サイズの系統発生学的増加に間連して萌出パターンに変化があるだろうと予想されるが,この発見はそれを証明するものとなった。脳は単位重量あたりの工ネルギー消費が高いため,相間係数の高さは納得できる。一方で脳の大型化は長寿命化も意味し,歯はそれを支えるため,さらに高い必要エネルギーが必要とされる発育期をカバーすべく,萌出期間が延長された,等々の推測ができる。このように,萌出年齢もサイズと強い関連を持ち,スケーリング現象の一つと考えられ,さらに他の生物学的特徴との関連性が期待できる。霊長類の骨格発達研究は,手間がかかることが災いして進展はゆっくりしている。昨年10月亡くなったWattsは,ォマキザルの出生時骨化点数の少ないことから,従来考えられていたような,サル段階での離巣化は必ずしも当てはまらず,オナガザル類が単独で二次的に離巣化したと指摘した(1990)。このことは,類人猿やヒトの新生児の未熟さは二次的なものではなく,祖先からの特徴の継承であることを意味する。骨格発達をヒト研究に匹敵するレベルで行ったものは,殆どなかった(Watts,1971は例外)。最近,著者らはチンパンジー等について,ヒトの骨発達教科書に準拠した研究を行っている(Hamaada et al., 1994)。詳細は他に譲るが,コドモ期の長さや思春期スコア増加ピーク速度などの定量的な違いはあるが,チンパンジー骨格発連パターンはヒトのそれと同様であることが見いだされた。骨格発達パターンは周思春期ではSomaatic growthパターンに類似し,性成熟と強く関連すると考えられる。

        3.ヒトの骨年齢

        高井省三
        筑波大学体育科学系

        Toddの骨格成熟図譜(l937)にはじまった手骨の骨成熟評価法はより客観的な生物学的年齢尺度を提供する。このような骨成熟度を評価することでその個人が成熟に向かうどの地点(里程標)にいるかが分かる。成人身長の予測はその応用の成功例の一つとなっている。骨成熟評価法のなかの一つのTanner‐Whitehouse 2 (TW2)法を中心にヒトの骨成熟(骨年齢)にまつわるいくつかの間題を考えて見た。
        はじめに,骨成熟で何がわかるかを考える。児童の骨成熟スコア(TW2 RUS)と身体計測値の関係をみると,RUSスコアと筋骨格系項目のサイズの相関が高いが,頭部のサイズと特に皮脂厚とは相関が低い。つまり,骨成熟はScammon(1930)の成長パターンの一般型の形質の成長を反映しているといえる。
        骨成熟を比較する場合に問題となるのは,信頼性・再現性である。トレーニングによって評価者内誤差は小さくなるが,異なる評価者間の誤差はどれくらいだろうか。TW2の創始者と白己学習者の骨成熟評価の一致率はおよそ80%であった。この誤差を念頭において,さまざまな人類集団の骨成熟の比較,骨成熟の年代差を考えなければならない。われわれの「小城成長研究」の10年間を見ると,部分的な年齢集団で3,4年にわたり早熟化していた。しかし,全体として見ると一定した時代化傾向はなかった。
        骨成熟時間軸のでからだの成長をみたらどうなるだろうか?RUSスコアと身体計測値のアロメトリー解析を試みた。からだの成長形質の多くは多相アロメトリーパターンを示した。その変調点は骨成熟過程の1/3または2/3,あるいは両者の時点に出現した。そして,女児の成長テンポは男児より早いが成長完了の時期は男子のほうが早いということが分かった。身長の成長に焦点をあてると,男子の身長はRUS骨成熟の55%地点で,女子の身長はで68%地点で最大増加に連していた。成長・成熟速度でみると,男子は身長の最大増加(12.8歳)よりも2.8年遅れてRUS骨成熟の最大増加(15.6歳)を見せた。女子のRUSスコア成熟速度曲線は双峰性で,身長の最大増加(11歳)とほぽ同時にRUS骨成熟の初めの最大増加を示した。第2の骨成熟の最大増加は3年遅れて出現する(14歳)という結果であった。
        骨成熟は軟骨から骨への変化だから長管状骨の軟骨が早く骨に置き換わると身長の成長の可能性がうすくなる。では,骨成熟が早熟な子どもは小さな大人になるのだろうか?結果は,骨成熟完了年齢と成人身長の大きさは無関係であった。日本人児童の骨成熟は中国,インドのアジアの児童と同じ様な成熟パターンを示す。ヨーロッパの児童に比ぺ日本人児童は思春期前で英国児童よりも遅れるが,以後は彼らを上回り骨成熟完了年齢も早い。上の結果から,アジアの成人身長がヨーロッパの成人に比ぺて小さい原因を骨成熟の早熟さに求めることはできないようだ。
        骨成熟を目安に成人身長を予測することは身長制限のある職業を望む児童の指導やスポーツタレント発掘などに意義がある。日本人児童のための予測式は多田羅(1989),立花(1994),松岡ら(1994),高井(1994)らが,暦年齢,身長,骨成熟,初潮をパラメータとしてそれぞれ発表している。後2者の式を別な集団に当てはめたときの再現性は0.48〜3.53%の相対予測誤差であった。この値をみると,TW2法が英国児童を元に推定式を求めているにもかかわらず,オリジナル式は日本人児董にもかなり正確に当てはまることがわかる。さらにパラメータに両親の平均身長を加えた我々の予測式は推定精度をさらに上げることができた。しかし,初潮後の女子については両親の平均身長のパラメータは無用であった。