生命工学工業技術研究所
1.はじめに
骨形態の変異に関する研究は大部分が骨や身体の寸法に基づいて行われてきた。このような寸法データに基づく解析によれば、特定部位の成長などによる変化パターンを捉えたり、変異の大きな部位を明らかにすることができるが、反面、3次元形態の全体としての変異傾向を捉えることは難しい。本研究では、形態の3次元変異パターンや形態の違いを定量化するための技術として、コンピュータグラフィック技術を応用した新しい形態分析技法を開発した。本手法を用い、現世人類とネアンデルタール人の成長に伴う頭骨変形パターンを定量化し、成長過程の中間形態の生成も試みた。また、定量化した形態の違いに基づいて、頭骨3次元形態の人種間変異について分析した。
2.方法
本研究では、対象形態Aを目標形態Bに一致するように変形させるための空間歪関 数を取得し、この関数に基づいて2つの形態AB間の変異パターンや形態の違いを定 量化する。ここでは、空間歪み関数を取得する方法として、Free Form Deformation 法(以下FFD法)と呼ばれるコンピュータグラフィックスの技法を利用した。この方 法では、対象形態を周囲の制御格子点の区間関数(3次 B-spline関数)で表現し、 制御格子点を移動することによって対象形態をなめらかに変形することができる。こ のときの制御格子点の移動ベクトルが、空間の歪を表す関数に相当することになる。 形態Aを形態Bに変形させるための制御格子点移動ベクトルを取得するには、あらかじめデータ点の対応がつけられた3次元形態データABの組が必要となる。ここでは 、解剖学的な特徴点や縫合を利用し、頭蓋を175点のデータ点(288ポリゴン)に、下 顎骨を70点(96ポリゴン)にモデリングした。モデリングしたデータ点を頭骨上に直接マーキングし、磁気方式位置センサ(Polhemus社FASTRACK)でデータ点の3次元座 標を計測した。正中面をXZ平面、ポリオンとオルビターレを結ぶ直線に平行な軸を X軸とし、図心を原点とした。
周辺に配置する制御格子点の総数は形態データ点総数の1.5倍以内とし、XYZの 3軸方向の格子点間隔がほぼ同程度になり、かつ、格子点の最大幅が対象形態の最大幅の1.1倍程度になるように設定する。頭骨の場合、頭蓋は前後7×左右5×上下7、下顎骨は前後5×左右5×上下4の等間隔の制御格子点を設定した。この格子点を適当に移動させれば、対象形態を目標形態に一致させるように変形することができる。ただし、制御格子点総数が形態データ点総数より多いため、そのような最適格子点移動ベクトルを解析的に求めることはできない。そこで、制御格子点の歪をできるだけ小さくし、かつ変形後の形態が目標形態にできるだけ一致するという最適化条件に基づいて、準ニュートン法によって最適格子点移動ベクトルを算出した。
3.結果と考察
3.1.成長に伴う形態変形と成長シミュレーション
本手法を用いて、現世人類とネアンデルタール人の成長に伴う頭蓋
骨形態変形を定 量化した。現世人類はインド人成人1体(生命研所蔵)、インド人幼児1体(推定5 歳,東北大学所蔵)を使用した。ネアンデルタール人は、デデリエ遺跡で発掘された 幼児(推定2歳)とアムッド遺跡で発掘された成人(ともに東大資料館所蔵)を使用 した。現世人類、ネアンデルタール人ともに、顔面部のうち上下顎骨の歯槽部の成長 変異が大きいことが分かった。また、ネアンデルタール人では、頭蓋を前後方向に大 きくさせるための変異パターンが顕著で、特に、幼児骨では見られない眼窩上隆起が 発達する部分の変異が明確に現れている。本研究では、さらに、取得した成長変異の 空間歪み関数を部位ごとの成長曲線に従って補間し、それを幼児骨に適用させることで中間年齢の頭蓋骨成長形態を推定した。ネアンデルタール人では、10代後半にな ってから眼窩上隆起の発達が、顕著な顔貌の変化をもたらす。
3.2.頭蓋骨形態の人種間変異
本手法による3次元形態分類の有効性を検証するために、ネアンデルタール人と現 世人類頭蓋骨の3次元形態の分類を試み、分類結果が先験的な知見と一致するかどう かを検証した。ネアンデルタール人は上記のアムッド遺跡のものを使用し、現世人類 はインド人成人男性6体、成人女性2体(いずれも筑波大学所蔵)と日本人成人男性 2体(東京大学所蔵)を使用した。以上11体の頭蓋骨形態を本手法で相互に変換し 、制御格子点の移動ベクトルの大きさから形態間距離を定量化した。11×11の距 離行列から、多次元尺度法によって刺激布置を求めた。最もかけ離れているのはネア ンデルタールで、それ以外はインド人男性、インド人女性、日本人男性がグループを 形成するように分布した。これらの分布は先験的な知見と一致しており、本手法の定 性的な有効性が確かめられた。ネアンデルタール人と現世人類との形態距離は、イン ド人男性の個体差の形態距離の2倍程度であった。
4.まとめ
FFD法を利用した3次元形態分析法を開発し、成長変異パターンの定量化とそれに 基づく成長変異予測、および頭蓋骨の人種間変異の分類を試みた。本手法による分類 結果は先験的な知見と一致しており、その有効性が確認できた。