第16回分科会研究会 2001年3月10日(土) 大妻女子大学
国立長寿医療研究センター(現:中京女子大学)
国立長寿医療研究センター疫学研究部では,1997年11月から老化に関する長期縦断疫
学研究(NILS-LSA)を実施している.本調査は,高齢化社会に対応し,老化や老年病
の成因や危険因子を解明するために,地域住民の加齢変化を医学・心理学・運動生理
学・形態学・栄養学などの広い分野にわたって,詳細にかつ同一個人に対して継続し
て行っていく縦断的調査である.これによって期待できることは,(1)日本人におけ
る加齢による身体的および精神的変化の包括的基礎的データの蓄積とデータベース
化,(2)正常老化と加齢に関連した身体諸臓器の病的変化を明確に区別すること,(3)
環境・遺伝要因が老化や老年病に与える影響の解明,特に生活習慣や遺伝的素因の老
年病発症,身体的障害や寝たきりへの寄与の度合いを明らかにすることによる予防医
学への貢献である.
本調査は,性,年齢で層化して無作為に抽出した40歳から79歳までの地元住民約2400
名を対象としている.すでに1回目の調査を終え,2000年4月から2回目の調査を開
始している.これまでに形態・体脂肪の分野で明らかになった結果を紹介する.
(1)空気置換法とDXA法による体脂肪率測定
体脂肪率の測定には様々な方法があるが,NILS-LSAではBOD PODという装置による空
気置換法と二重X線吸収(DXA)法を採用している.その結果,置換法はDXA法との相
関が高く(女性r=0.89,男性r=0.90(いずれもp<.0001)),置換法による体脂肪率
測定は良好であることが確認できた.しかし,平均すると女性ではDXA法の方が1.3%
高く,男性では1.2%空気置換法で過大評価された.
この誤差(置換法−DXA法)は,男女とも除脂肪に占める骨ミネラル量の割合とに負
の相関関係が認められたことから,骨ミネラル量が減少すると置換法で体脂肪率が高
く見積もられることがわかった.また,腹部厚径やウエスト囲とも正の相関関係がみ
られ,腹部の脂肪が厚いほどDXA法では低く見積もられると考えられた.
(2)日本人の除脂肪密度
空気置換法では測定値から身体密度を求め,Brozekの式に代入して体脂肪率を計算し
ている.このBrozekの式は,体脂肪の密度は0.9,それ以外の組織(除脂肪)の密度
は1.1という前提のもとに成り立っている.したがって除脂肪密度が1.1よりも高いと
Brozekの式から求めた体脂肪率は過小評価され,1.1より低いと体脂肪率は過大評価
されることになる.白人を対象とした研究では,除脂肪密度は若壮年者で1.10近辺,
高齢者ではやや低く,1.094あたりになるとみられている.
本研究では,女性の除脂肪密度は60歳代までは低下するが40,50歳代では1.1よりも
高く,その後上昇し70歳前半から再び1.1よりも高くなった.一方男性では,70歳ご
ろまではほぼ一定の値を示し,その後上昇したが,75歳ごろまでは1.1よりも低かっ
た.骨ミネラルの密度は高いので,除脂肪に対する骨ミネラル量の割合が高くなると
除脂肪密度は高くなる.そこで除脂肪量に対する骨ミネラル量の割合を調べてみる
と,女性では年齢が高くなるほど大きく低下したが,男性では年齢が高いほど若干上
昇した.男性では年齢が高いほど骨ミネラル量は少ないことから,骨ミネラル量の減
少以上に除脂肪量の減少が大きいためと解釈できた.また,男女を比較してみると,
40,50歳代では除脂肪量に対する骨ミネラル量の割合は女性の方が男性よりも高かっ
た.しかし,骨ミネラル量は男性の方が多いことから,これは男性の方が除脂肪量が
多いため,骨ミネラル量を除脂肪量で割った値が低くなったと考えられた.また,除
脂肪量に対する骨ミネラル量の割合と年齢とは,女性では負の相関が,男性では正の
相関がみられた.つまり,除脂肪量の減少の程度に対する相対的な骨ミネラル量の減
少の程度には,男女で違いがみられることを示唆していると考えられた.
(3)遺伝子と体重増加
肥満には環境だけでなく,いくつかの遺伝が関与していることが最近次々と明らか
になってきた.NILS-LSAでは,日本人に高頻度でみられるといわれているβ3アドレ
ナリン受容体(β3AR)の変異と,コレシストキニンA受容体(CCK-AR)の変異と肥
満との関係について検討した.β3ARに変異がみられると安静時代謝が低かったり,
空腹時インスリン値が高値を示したりすることが報告されている.また,CCKは消化
管ホルモンや神経伝達物質であり,食欲抑制に働いているといわれている.しかし,
それぞれ肥満とは関連がみられなかったという報告もあり,一致した結果が得られて
いない.
本研究の対象者において,β3ARでは約3割,CCK-ARでは約4割の人に変異がみら
れた.18歳時から現在までの体重変動量との関係を検討してみると,男女ともβ3AR
あるいはCCK-ARの多型単独では変動量に違いは認められなかった.しかし,ロジス
ティック回帰分析の結果,体重変動量が10kg以上 となるオッズ比は,β3ARとCCK-AR
両方とも正常である群を1すると,両方とも変異している群では2.1と有意に高くなっ
た.60-79歳男性および女性では組合せにおいても有意な関係は認められなかった.
男性の中年太りには,β3ARとCCK-ARの変異が関与していると考えられた.
(4)内臓脂肪面積,皮下脂肪面積とウエスト囲,性・年齢との関係
内臓脂肪は生活習慣病などと関連が強い.最近はCTスキャンによって内臓脂肪を測る
ことができるようになったが,装置は高額であり,臨床以外の目的で簡単に使用する
ことは難しい.そこで自分で簡単に測ることのできるウエスト囲が体脂肪分布の指標
として有用であるかどうか,ウエスト囲と内臓脂肪面積と皮下脂肪面積との関係につ
いて検討した.
対象者のBMIの平均は男女とも22.9,ウエスト囲(臍レベル)の平均値は男女とも
84cmであった.内臓脂肪面積は男性99cm2,女性68 cm2で男性は女性の約1.5倍.一
方,皮下脂肪面積は男性109 cm2,女性166 cm2で女性の方が男性の約1.5倍であっ
た.男性ではウエスト囲,内臓脂肪面積,皮下脂肪面積は年代による差がなく,また
年齢との相関もみられなかった.ただし,40歳代は皮下脂肪の方が内臓脂肪より有意
に大きかった.女性では年齢とウエスト囲,年齢と内臓脂肪面積との間に正の相関が
みられた.しかし,皮下脂肪面積には年齢との相関は認められなかった.女性では,
加齢に伴ってウエスト囲が増大するが,これはおもに内臓脂肪面積の増加によること
が明らかとなった.以上から,性別だけでなく年齢も考慮することによって,脂肪分
布をある程度推測することは可能であろうと考えられた.