第13回分科会研究会 1999年11月5日(金) 東京都立大学

 

 

 発育期における身体組成評価

戸部 秀之

大阪教育大学

 

 1.はじめに
 児童生徒において肥満児の増加や体力の低下が注目されているなかで、子供の身体組成を適切に評価することは重要な意義をもっている。人の身体組成の評価方法として広く用いられている方法は2-compartment modelに基づく密度法である。このモデルでは、人体は体脂肪と除脂肪成分の2つの成分から構成され、それぞれの成分は誰でもほぼ一定の密度をもっているものと仮定されて式が構成されている。しかしながら、除脂肪成分の密度については発育に伴って変化することが分かっている。Lohmanら(1)が子供用の算出式を提案しているものの、10歳前後の思春期スパート前の子供を想定した式であり、その他の発育段階に広く適用できるものではない。ここでは、発育に伴う除脂肪密度の変化に関する情報を含む文献や、最近になって蓄積されてきたmulti-compartment modelによる知見を参考に、子供の発育過程を考慮した身体組成算出式について検討した。

2.発育に伴う除脂肪密度の変化
子供から成人に至るまでの除脂肪密度の値をこれまでに報告されている文献から参照し、それらのデータを日本人の子供に合うように若干の補正を加えた後、除脂肪密度(D)と暦年齢(AGE:y)との関係を求めたところ、式1と式2のようになった。
   D=1.0696+0.00155×AGE・・・式1(男子)
   D=1.0708+0.00170×AGE・・・式2(女子)
この関係式を従来の2-compartment modelに代入し、年齢に伴って除脂肪密度が変化するように変更して新しい式を構成した。(新しい式の詳細は、文献7を参照。)


3.式の特徴
 日本人の児童生徒の身体密度を水中体重秤量法によって測定している文献中(2-6)のデータを参考に、式の特徴を検討した。各論文の年齢別の身体密度の平均値から、成人用のBrozekらの式と思春期前の子供用のLohmanらの式、そして新しく構成した式を用いて体脂肪率を求めた。Brozekらの式とLohmanらの式による値はほぼ平行して推移し、Lohmanらの式による値の方が一貫して数%低い値になっていた。これに対し、新しい式による値は、9-10歳ではLohmanらの式による値とほぼ一致し、その後、年齢が進むにつれてBrozekらの式による値に徐々に近づくように推移していた。田原ら(3,4,5)や佐伯ら(6)の文献から引用した身体密度をもとに計算した体脂肪率の年齢別平均値は、中学・高校生男子では、Lohmanらの式で7.2-10.9%、Brozekらの式で13.7-16.9%であるのに対し、新しい式を用いると9.9%-14.8%と両者の中間の値であった。中学・高校生女子では、Lohmanらの式では15.7?19.7%、Brozekらの式では21.0?24.5%であるのに対し、新しい式を用いると18.9%-25.4%という値であり、年齢にともなって上昇し、16歳から17歳でBrozekらの式による値とほぼ一致した。これまで子供用と成人用の式の使い分けが難しかった中学生や高校生の年代では、新しい式を用いると、成熟にともなって徐々に成人の値に近づいていく。このような傾向は、発育に伴う身体組成の変化として妥当なものと受け取れよう。 金ら(2)は、小中学生の体脂肪率をLohmanらの式で求めた場合、男子で5%、女子で10%を下回る非常に低い体脂肪率を示すケース(男子18人、女子15人)が多く、すなわち過小評価されたと指摘している。論文中の過小評価されたケースについて新しい式を使って体脂肪率を再計算したところ、特に女子では過小評価された15人中13人が必要最低減の体脂肪率である10%以上となり、15人の平均値は7.7%から11.5%へと上昇した。また、男子では約半数が必要最低減の体脂肪率である5%前後、またはそれ以上の値となり、平均値は2.7%から4.4%へと上昇した。
式の構成上、成熟段階についての情報は生理学的年齢ではなく暦年齢を用いているため、早熟や晩熟傾向の強い子供には式の適用が難しい。このような限界はあるものの、新しい式は思春期スパート後の子供にLohmanらの式を適用した際に体脂肪率を過小評価してしまう傾向を低減させることができるなど、思春期の子供に用いる算出式としてより妥当性のあるものと考えられた。

文 献
1)Lohman, T.G., Slaughter, M.H., Boileau, R.A., Bunt, J., and Lussier, L.: Bone mineral measurements and their relation to body density in children, youth and adults, Hum. Biol. 56: 667-679, 1984
2)金憲経,松浦義行,田中喜代次、稲垣敦,中塘二三生:体脂肪率(%fat)算出式の検討 ?9歳から14歳の児童・生徒について?,Ann.Physiol.Anthrop. 12: 71-77,1993
3)田原靖昭,湯川幸一,綱分憲明ほか:女子中学生における水中体重法による身体組成,皮下脂肪厚およびBMIの関係,日本公衛誌, 40: 353-362, 1993
4)田原靖昭,綱分憲明,佐伯重幸,山崎昌廣,勝野久美子,湯川幸一:高校生男子15歳から18歳の身体組成(密度法?水中体重法)と皮下脂肪厚,学校保健研究,35: 492-501,1993
5)田原靖昭,湯川幸一,綱分憲明ほか:女子高校生における水中体重法による身体組成,皮下脂肪厚およびBMIとそれらの関係,日本公衛誌, 42: 1061-1068, 1995
6)佐伯重幸,田原靖昭,綱分憲明,西澤昭:中学生男子12歳から15歳の身体組成(水中体重法)と皮下脂肪厚,学校保健研究,32: 583-591, 1990
7)戸部秀之ほか:思春期用の身体組成算出式(密度法)と皮脂厚による肥満判定基準値の提案,学校保健研究,39,147-156,1997