1.はじめに

 身体の構造・機能について理解しておくことは,適切な運動を行ったり怪我や障害を予防する上で非常に有意義である.したがって,解剖学の学習は,体育・スポーツに関わる人にとって必要なことである.従来の解剖学の学習は標本や図譜を作製し,その成果を専門用語を用いて表現してきた.しかし,膨大な標本,図譜,専門用語は系統的によく整理されていないため,それらの実用性が問題となる1).そこで,解剖学的情報をデータベース化した電子解剖学図譜などの作製が試みられている.解剖学の教材データベースを構築し,学習者がコンピュータを使って利用できるようにすれば,必要な学習資料をいち早く検索し,活用することができる.したがって,従来よりも効率的に解剖学の学習が行えるようになると考える.

 本研究のテーマは,体育・スポーツに携わる人が解剖学の学習を効率よく行うための教材を作製し,その実用性を考えることである.本研究では主に体表から観察できる筋についての解剖学図譜を作製する. コンピュータグラフィックスを有効に使った教材は,学習者の視覚にわかりやすい形でうったえる.

 ここで,多くの人たちに教材を提供することを目指し,コンピュータ通信という手段に着目した.作製した図譜をWWWを使い,インターネット上に公開することで,インターネットを利用できる人ならば誰でも,この図譜を解剖学の学習教材として利用できるようにした.


2.方法

 電脳体表解剖学図譜の作製にあたり,ハードウェアは,パーソナルコンピュータ(Apple社製:Power Macintosh 7100 / 80 AV,32MBメモリ,17インチカラーモニタ),デジタルスチルカメラ(RICOH社製:DC-2L)を使用した.ソフトウェアは,画像取り込みソフト(RICOH DU-2M),画像を加工するためのグラフィックソフト(Adobe Photoshop 3.0J),WWW用画像編集ツール(GIF Converter2.3.7)を使用した.

 電脳体表解剖学図譜の作製手順は以下のとおりである.

 1)被写体の撮影
 2)画像の取り込み
 3)画像の加工・修正
 4)画像の編集
 5)WWWホームページの作製(HTML化)
 6)インターネットへ公開
 7)評価・修正
 図譜を作成する際に,既存の文献2-4,6)を参考にした.

 教材のモニターとして解剖学学習経験者(医学系学生を含む)8名と,未経験者3名を選んだ.出来上がったシステムをモニターに使用してもらい,評価を得た.教材の評価の観点として,画像の質や操作性,学習効果などを挙げた.評価を基に画像,テキストに追加・修正を加えた.


3.結果と考察

(1)教材の内容について

 本教材の容量はテキストが約1500KB,画像が約8200KB,合計で約100MBになった.

 本教材では身体を,頚部,胸・腹部,背部,殿部,上腕部,前腕部,大腿部,下腿部に区分し,各部位ごとにページを作製した.解説文中の解剖学的専門用語はハイパーテキスト化され,その単語をクリックすると専門用語集のページへジャンプする仕組みになっている.また各ページの冒頭と末尾に専門用語集のページへジャンプするボタンを設置した.したがって,各ページで不明な用語があった時にはすぐに調べることができる.

(2)評価結果

 モニターとして選んだ解剖学の学習経験者と未経験者の両者に共通の評価として,図譜は全体的に完成度が高いという回答を得た.身体各部位別に系統的に情報が整理されていることや,画像とその解説が同時に表示されていることなどが評価の理由であった.また作製した画像が視覚的に理解しやすいこと,専門用語をすぐに検索できることなども多くのモニターに評価された.コンピュータ上の操作は全てマウスで行えるため,教材の操作性に関しては問題はなかった.教材を使用した後,特に学習未経験者からは学習意欲が向上したという意見が出た.

 筋力トレーニングの説明については,大半のモニターから,筋の作用についての理解が深まるという評価を得た.しかしスポーツに関わりの薄いモニター(特に医学系の学生)からは,専門的で理解しづらいといった意見があった.

 問題点として,特に学習未経験者から専門用語がわかりづらいことや骨格についての情報不足が指摘された.これは教材を使用する以前に筋・骨格系の予備知識が必要であるという意見と関連している.また,コンピュータ通信の特性上,通信回線の影響により情報の伝達が大幅に遅くなる場合がある.このため学習意欲が低下するとの指摘もあった.

 本研究では二次元の画像を中心に図譜を作製した.しかし,人間の身体の構造や運動に伴う筋の収縮をわかりやすく説明するためには,二次元の静止画像では限界があることを感じた.今後,マルチメデイアの特性を活かした解剖学の学習教材を作製する際には,三次元のグラフィックスや動画,音声などを基にした教材を作製する必要があると考える.

 近年,情報化社会の発展に伴い,インターネットが一躍脚光を浴びるようになった.本研究で作製した教材はWWWホームページ上に作製されているため,インターネットを通じて誰でもこの教材を利用できる.本教材がインターネットを通じて多くの体育・スポーツ関係者に利用されることを期待する.


引用文献

1)養老孟司ほか:解剖学データベース.(社)日本解剖学会:解剖学者が語る人体の世界.風人社,東京,pp.220-223.1996.

2)顧徳明,膠進昌,丁誉声,(訳)林恒英:運動解剖学図譜.ベースボール・マガジン社,東京,1992.

3)窪田金次郎,G.H.シューマッハー:図説体表解剖学.朝倉書店,東京,1992.

4)Helen J.Hislop,Jacqueline Montgomery,(訳)津山直一:新・徒手筋力検査.協同医書出版社,東京,1996.

5)藤田恒太郎:人体解剖学.南江堂,東京,1993.

6)J.Weider:ウィダー・ボデイービルデイング・バイブル.森永製菓株式会社健康事業部,東京,1992.