第3回 Auxology 分科会研究会 1995311日(土) 大妻女子大学

 

 

 顎顔面部の成長と骨年齢

 

佐藤 亨至

 東北大学歯学部歯科矯正学講座

 

 歯科矯正学においては顎顔面部の成長が極めて重要な研究課題となっている。その理由として,歯科矯正臨床においては小児を対象とすることが多く,咬合を形成するうえで上・下顎骨の大きさや相対的な位置関係が重要な考慮事項となるため,不正咬合の治療を開始する前に顎骨の成長変化についてあらかじめ予測する必要があるためである。

下顎骨は顔面頭蓋の中で特異的な形態をした骨で,湾曲しているものの上・下肢と同様の長骨であることから,その平面に投影した長さは身長の増加様相と類似したパターンを示す。最終身長の予測方法の一つとして,現在身長の骨年齢相当相対値(SDスコアまたはパーセンタイル値)が最終身長においても保持されるという仮説をもとにしたprojected height法が検討されている。そこで顎骨の大きさの骨年齢相当のSDスコアも成長期を通じて基本的に保持されているという仮説について検討した。また,矯正臨床においては上・下顎骨の位置や大きさに不調和がある場合には顎整形装置や機能的矯正装置を適用して顎骨の成長抑制や促進を計る。しかし,これらの顎骨成長に対する効果には否定的な意見も多く,まだ明確な結論が出ていない。そこで,顎骨の長さのSDスコアは成長期を通じて基本的に保持されているならば,その変化の有無から顎骨成長に対する効果を評価できる。

まず,上・下顎骨の位置と大きさに不調和のない女子20名の8歳より成長終了まで経年的に撮影された側面頭部X線規格写真(セファロ)を用いて,上顎骨前後径および下顎骨全体長の標準成長曲線を作成した。本仮説を検討するためのcontrolとして女子47名のstage 1(平均11.2歳)およびのstage 2(平均18.3歳)のセファロと手部X線写真を用い,stage 1における暦年齢およびTW2法による日本人標準化骨年齢相当の下顎骨全体長SDスコアと,stage 2におけるSDスコアを求めて相関を調べた。Stage 1において暦年齢相当SDスコアを用いると相関係数は0.75,骨年齢RUS相当SDスコアでは0.82とさらに高い相関が認められた。また,stage 1における骨年齢相当の下顎骨全体長SDスコアが成長終了時においても保持されると仮定した場合の予測値と実測値との誤差の絶対値は平均2〜3mmであり,Carpalでやや誤差が大きく,20‐BoneとRUSで小さい傾向が認められた。

次に,下顎前突症に対して下顎骨の成長抑制の目的で用いられるChincap装置を適用した女子28名(平均適用期間3.1年)のstage 1(平均10.1歳)およびstage 2(平均18.8歳)のセファロと手部X線写真を用いて検討した。Stage 1におけるRUS相当の下顎骨全体長SDスコアと,stage 2におけるSDスコアとの相関係数は0.83で,controlとほぽ同じ値を示した。Stage 1とstage 2のSDスコアの変化についても有意差は認められなかった。このことはchincap装置による明らかな下顎骨の成長抑制効果は認められないことを意味している。

さらに,上顎前突症に対して下顎骨の成長促進の目的で用いられる機能的矯正装置(Bionator)についても同様の検討を行った。その結果,下顎骨各部の長さのSDスコアは明らかに増加し,下顎骨の成長促進が起きていることが確認された。現在,TW2法は顎顔面骨における成長ポテンシャルの最も優れた評価法と考えられるが,臨床においてはより客観性が高く,また成長終了時期まで評価の可能な骨成熟評価法の確立が望まれる。