「ポリネシア人の足の成長-トンガ人の生体計測調査から-」

○権田絵里(京都大・霊長類・形態進化)

Growth of the Polynesians big feet somatometric study for Tongan people-

Eri GONDA

太平洋の島々のうち、北はハワイ、南はニュージーランド、東はイースター島と頂点とする一辺がおよそ8000kmの巨大な三角形(ポリネシアン・トライアングル)に含まれる島々に住んでいるポリネシア人は、高身長で過体重傾向の強い身体をもつことで知られている。本発表では2001年から2003年にかけて西ポリネシア・トンガ王国の首都ヌクアロファとハァパイ諸島リフカ島パンガイ村で5歳から68歳の男女498名を対象に行なった生体計測調査の結果から、ポリネシア人の足部の形態特徴と形成過程のうち、明らかになったことを提示する。

ポリネシア人は、今からおよそ3500年前に東南アジアから東方へ移住を開始しした、ラピタ人と呼ばれるオーストロネシア語を話すモンゴロイド集団の一派を共通の祖先にもつと考えられており、本研究の調査地である西ポリネシア・トンガ諸島はサモアと並んでこのポリネシア地域では最も早い時期(紀元前1000年ころ)からヒトが住み始め、この地でラピタ人からポリネシア人へと変容を遂げ、また、その後はじまるポリネシア人の東方への拡散の源となったと考えられている。トンガ王国の人口は約10万人(1996年現在)、その内の96%が純粋のトンガ人と、ポリネシア諸地域のうちではヨーロッパとの接触以降も混血の割合が極めて少なく、また伝統的な生活様式の残る、まれな地域である。

生体計測データは成人(男性50人、女性90人:1868歳)と、成長期(男子158人、女子157人:518歳)のものとに分け、分析した。成人データについては、既存の日本人、オーストラリア人(アボリジニ)、ヨーロッパ人(フランス人)のデータと、足の寸法、形状、身長比について比較した。その結果成人トンガ人の身体形態特徴は、男性の身長の平均が約175cm、女性が約165cm、と比較的高身長で、かつ体重の平均が男性・約95kg、女性・90kgBMIの平均が男性30.4、女性32.5と強い過体重傾向を示すという、ポリネシア人の一般的特徴と同じ傾向がみられた。ただし、ここで云う「過体重」とは、筋骨格系の発達の結果という可能性も大いに考えられるため、短絡的に体脂肪が過剰に蓄積した結果の「肥満」と結び付けることは危険であり、今後の諸研究分野における適切な評価が必要である。足形態については、足長の平均値±1SD27.9±1.3 cm(男性)、26.0±1. cm(女性)、足幅が11.8±0.6cm(男性)、10.7±0.6cm(女性)、足示数(足幅÷足長×100)は42.3±2.1(男性)、41.2±1.9(女性)であった。集団間の平均値の差の検定(t-test)の結果から、長さ、幅ともに各比較集団よりも有意に大きく、幅広の形状を持つことが示された。さらに身長に対する相対サイズを代表する比足長(足長÷身長×100)は男性の平均値±1SD16.0±0.4、女性は15.7±0.5と、集団中最も大きかった。成人トンガ人の足の特徴は、身体の大きさに相応して絶対サイズが大きい、というだけでなく、足それ自体が大きいということに集約されるといえる。

次に、こうした足形態の諸特徴がいつごろ、どのように形成されていくのか、成長期のこどもの横断的データを用いて足の成長のパターンを分析し、ヘテロクロニーという見地から検討した。ヘテロクロニー、または成長の異時性とは動物の体のある部分について、発育のタイミングと速度の変化が起こることによって、祖先動物よりも少なく、もしくは多く発育するという、様々な動物がそれぞれ異なる形態をもつことのプロセスを説明するためスティーブン・グールドをはじめマクナマラによって提唱された概念として知られている。

トンガ人の身長と足長の成長の様子を日本人、アメリカ人の既存データとの比較したところ、身長では日米よりも若干高いか、ほぼ同じである一方、足長に関しては、トンガ人のこどもの足は5歳、6歳という幼児期の終わりまたは少年期の始めにはすでに大きく成長しており、その後の成長期をとおして日・米各集団との間の差異は大きく広がっていくのが認められた。各年齢毎にトンガ人とアメリカ人、トンガ人と日本人の間での平均値の差の検定(t-test)の結果、男子は身長では日本人との間に思春期以降、15歳以外は有意差が認められなかったのに対して、足長では13歳を除く全ての年齢において日米との間にそれぞれ有意差がみられた。女子に関しては、身長では9歳、12歳、14歳、1618歳で日本人との間に有意差が、足長では、日本人との間では8歳を除く全ての年齢で、アメリカ人との間には5歳と13歳を除く全ての年齢で有意差がみられた。

比足長の年齢変化の比較では、男女とも全ての年齢をとおして日・米の平均値を上回る結果となり、足長と同様に身長比も成長期を通して日・米よりも大きく、思春期以降その差は増大することが認められた。また、思春期の一般的傾向としてみられる比足長の減少はトンガ人にも認められたが、少年期の比足長が際立って大きいことと、足長の伸びが思春期以降もつづくため、思春期にみられる比足長の減少の度合が他集団と比べて小さいことが、成人の比足長の大きさに反映されることがわかった。

ヘテロクロニーはマクナマラによって6つのパターンにまとめられ、この6つで全てののプロセスを説明できるとされている。この6つのパターンは、さらに祖先動物と比べて発育が多い、少ないによって大きく2つに分けられており、この中で、トンガ人の成長パターンに関連が深いのは、ペラモルフォーシス型(過形成)の成長パターンであると考えられる。ペラモルフォーシス型はそれぞれ、成長の開始時期と停止時期、成長速度の変化、という3つのパラメータによって、「前転位」、「ハイパーモルフォシス」、「加速」に細分されている。そこで6次多項式によるフィッティングを行ない、成長曲線と成長速度の変化から、トンガ人の成長パターンにこれら3つのパターンのどれがみられるかを検証していった。

トンガ人と比較集団の各項目の成長曲線と成長速度変化曲線を比較、検証したところ、男子では成長速度の変化の比較から、トンガ人の身長の成長速度変化は成人の身長がほぼ同じで思春期の成長パターンも似ているアメリカ人のものと12歳以降ほぼ同じパターンで減速しているが、足長ではトンガ人の方が10歳以降アメリカ人の速度を上回っており、また、思春期以降、速度がゆっくりと減速するために、成長期間が長く、またその分大きく成長する結果となった。また、成人の平均値を100%とする到達率を用いて身長と足長の成長速度変化を比べると、日・米の男子では12歳以降、身長に対する足長の成長は小さくなるのだが、トンガ人ではその程度が小さいことがわかった。これはつまり足長の成長が長く続くために足の相対成長が大きいまま成長の完了をむかえることを示唆する。

女子では、到達率の変化から、トンガ人は5歳での到達率が低いことから、5歳以降の成長量、特に5~7歳の間の伸びが大きいこと、日・米では足長の伸びが停止する14歳以降もトンガ人では足長が伸び続けていること、つまり成長速度の維持、そして100%到達年齢が日米よりも遅いことから、成長期間の延長が認められた。

今回の結果から、トンガ人の足の成長パターンには、先に述べたペラモルフォーシス型(過形成)のうち加速については5歳以降のデータに関しては顕著な兆候はみられなかったものの、男女ともに5歳ですでに足長、足幅ともに大きく成長していることから、少なくとも5歳以前に「前転位」が存在していると考えられる。そしてトンガ人の男女の足に最も顕著にみられるのが、思春期後期まで成長が維持されること、成長の完了が遅いことによって特徴付けられるハイパーモルフォシス型の成長パターンであった。

トンガ人の足の成長は幼児期の終わりまたは少年期の始めに前転位、そして思春期にハイパーモルフォシス、というペラモルフ型の2つの特徴が示唆され、こうした特異な成長パターンをもつことによって成人トンガ人に認められる足のサイズが絶対サイズ、相対サイズともに大きいという特徴は少年期の早い段階からみられるものであり、成長期を通してより特徴化されていくことがわかった。