[講演要旨]

小集団の栄養適応論―パプアニューギニア高地民の近代化を評価する

山内太郎

(東京大学大学院医学系研究科人類生態学教室)

1.はじめに

現代の人類は、先進工業社会から熱帯雨林の自給自足的社会まで、実に多様な自然/社会・文化環境の中に集団として存在している。グローバルな地球環境問題に大きな関心が寄せられている中、全く逆向きのベクトルではあるが伝統的な生活を営む小集団のローカルな環境への適応を把握することは、人類学がこの問題の解決に貢献できる有効なアプローチの一つであるだろう。

本稿では環境適応の中でも人間の生存の根幹をなす栄養適応に焦点を当てて考えてみたい。栄養適応を「栄養状態」、「栄養摂取」、「身体活動」という3つのカテゴリーの相互作用であると捉え、パプアニューギニア高地民フリの農村集団と都市集団を対象として3つのカテゴリーについて同時に定量的に評価することを目的とする。さらに、発展途上国の農村社会の多くが直面している都市化がもたらす問題についても農村集団と都市移住者集団の比較を通じて考察する。

 

2.対象と方法

フリとよばれる言語族の農村居住集団と都市移住集団を対象として、1993年から1999年にかけてパプアニューギニア国南部高地州タリ盆地(農村居住者)および首都ポートモレスビー(都市移住者)にてフィールドワークを行った。調査期間はのべ20ヶ月にわたる。農村部では現在でもサツマイモ栽培、ブタの飼育を中心とした自給自足的生活を営んでいる。一方、首都ポートモレスビーへの移住者はセツルメントと呼ばれる不法居住区に住んでいる。現金経済下にあり、食物は購入食品に依存している。以下に主要な調査項目と対象および方法について列挙する。

身体計測:農村成人213名(男性86、女性127)、都市成人140名(男性101、女性39)を対象として体重、身長、上腕囲、下腿囲、ウエスト囲、腰囲、上腕三頭筋および肩胛骨下の皮脂厚を測定した。身長と体重よりBMIを計算した。

代謝量測定:農村成人18名(男性9、女性9)、都市成人15名(男性7、女性8)について基礎代謝量、安静時代謝量(臥位・座位・立位)、3段階の強度(1522.530回/分)の踏み台昇降時のエネルギー消費量を測定した。各対象者について安静時および運動時の心拍数とエネルギー消費量の関係式を確立した。

栄養摂取量・エネルギー消費量・運動強度・時間利用:農村成人27名(男性15、女性12)、都市成人29名(男性14、女性15)について直接観察(個体追跡法)により摂取食物の秤量、1分単位の活動内容記録(1分毎の心拍数モニタリングを併用)を行った。1440点の心拍数値より1日総エネルギー消費量を同定した(フレックス心拍数法)。

 

3.結果と考察

身体計測:男女ともに、身長、体重、BMI、上腕周囲、皮脂厚で都市対象者が農村対象者より有意に高値を示した。BMIは農村男性の65%、農村女性の80%WHOの分類における正常域(18.5BMI25)であったが、都市では正常域の者の割合は減少し、その代わりに過体重(25BMI30)の者の割合が増加していた。さらに都市女性では26%が肥満(BMI30)に分類された。農村に比べて都市で肥満化傾向がみられた。特に女性で顕著であった。都市対象者の身長が農村対象者より高いという結果は、平均19歳で都市へ移住していることを考慮すると、もともと体格の大きい者が選択的に都市に移住していたという可能性と、思春期成長スパートの遅延、すなわち都市移住後に身長が伸びたということが考えられる。

基礎代謝量(BMR):既存の2つの推定式を用いたBMR推定値と実測値を比較した結果、一般成人用に用いられている(エスニシティーを問わない)FAO/WHO/UNU (1985)の推定式の方が、Henry and Rees (1991)が提案している熱帯集団専用の式より実測値との差が小さかった。この理由の一つとして、農村対象者の居住地は標高1600-2000mの高地で、気温も1324℃であるため熱帯集団であるとは言えないこと、さらに都市移住者も平均19歳までは農村部に住んでいたため、純粋な熱帯集団であるとは言えないことが挙げられる。

時間利用:農村の労働は農作業、採集活動、ブタの世話に大別できた。労働時間に大きな性差が観察された。農村男性の労働時間は1日当たり平均96分(実働59分)であったのに対して、農村女性は平均204分(実働145分)と2倍以上長く労働していた(統計的有意差あり)。一方、都市の労働はマーケットやセツルメント(居住区)内で調理食品(羊の肋肉やプランテンバナナを焼いたもの、自家製パンなど)や嗜好品(タバコ、檳榔樹の実)を売ったり、空き瓶を集めたりするなどインフォーマルな賃金労働であった。座って物を売るという労働形態のため、労働時間は農村よりも長時間であった。男性の平均労働時間は357分(実働272分)、女性は224分(実働179分)であった。農村とは異なり都市では労働時間の有意な性差は見られなかった。パプアニューギニア高地社会における労働の性差、つまり生業活動である農業を女性に大きく依存しているという事例は多くの人類学者によって報告されている。高地10集団の農業労働時間の性差(女性-男性)は平均98/日(レンジは61-211/日)であることから、本研究対象者の農業労働時間の性差(100/日)はパプアニューギニア高地集団の中で平均的であるといえる。

身体活動量:1日総エネルギー消費量(TEE)および身体活動レベル(PAL = TEE/BMR)は、男女ともに農村に比べて都市で低下する傾向がみられた。農村男性の平均PAL1.84FAO/WHO/UNU (1985)の分類によると中-重度の身体活動レベルに分類された。都市男性の平均PAL1.71(中度)であり、統計的有意差はなかったものの、農村から都市へ身体活動レベルの低下がみられた。女性でも農村対象者の平均PAL1.88(重度)であったが、都市女性の平均PAL1.63(中度)と統計的に有意に低下していた。これらの結果から、都市移住者の身体活動量は少なく、農村居住者に比べて非活動的であることが分かった。主な原因としては、労働時間は増加したものの、労働内容の変化(農作業から座って物品販売)によって身体負荷が低下したこと、乗り合いバスの頻繁な利用による都市対象者の歩行時間の減少(農村の2時間から都市では男性52分、女性29/日)の影響が考えられる。

栄養素摂取量:エネルギー摂取量は男女ともに農村と都市で有意差はみられなかった。一方、タンパク質と脂肪では、男女ともに都市対象者の摂取量は農村対象者に比べて有意に高かった。動物性食物をほとんど食べない農村対象者のタンパク質摂取量は平均男性49g/日、女性53g/日と少なかったが、FAO/WHO/UNU (1985)の安全基準値(0.75/体重kg/日)は充足していた。これらの結果は、主食のサツマイモと野菜中心の低タンパク低脂質の食事からコメ、魚・肉の缶詰、冷凍チキンなどの購入食品に100%依存した高タンパク高脂質食へという食生活の大きな変化を反映している。

結果をまとめると、農村対象者に比べて都市対象者は食生活の変化によりタンパク質、脂質摂取量が急増し、身体活動量は低下した。それによって体重・BMIが増加し、特に女性で肥満化傾向がみられた。これらの結果は都市対象者における慢性疾患(生活習慣病)のリスクの増加を示唆する。実際に2030年前に比べて糖尿病や心疾患の患者数の急増やリスクファクターの増大が報告されている。小集団の栄養適応研究、特に「栄養状態」、「栄養摂取」、「身体活動」を同時に評価する学際的研究の重要性を強調しておきたい。

 

4.参考文献

Yamauchi T, Umezaki M, & Ohtsuka R (2000) Energy expenditure, physical exertion and time allocation among Huli-speaking people in the Papua New Guinea Highlands. Annals of Human Biology, 27, 571-585.

Yamauchi T, Umezaki M, & Ohtsuka R (2001) Physical activity and subsistence pattern of the Huli, a Papua New Guinea highland population. American Journal of Physical Anthropology, 114, 258-268.