第16回分科会研究会 2001年3月10日(土) 大妻女子大学

 

 

 Pennington Biomedical Research Centerにおける肥満と遺伝の研究
-- Dr.Bouchardの研究室での留学経験 --

田中 茂穂

茨城大学(現:国立健康・栄養研究所)

 

 2000年3月16日から10ヶ月間にわたって、Dr.Claude Bouchardのもとに留学した。今回は、主に留学先の様子について報告する。

1. Dr.Bouchard
 Dr.C.Bouchardは、体育学の出身で、Dr.R.M.Malinaの下、Anthropological Geneticsの博士号を取得している。長年、母校でもあるQuebecのLaval Universityの身体活動科学研究室で教授をつとめていたが、1999年8月に、Louisiana州の州都Baton RougeにあるPennington Biomedical Research CenterのExecutive Director(所長)となった。
2.Pennington Biomedical Research Center
 当センターは、Louisiana State Universityの附属施設ということになっているが、実際はかなり独立しており、栄養学および予防医学の研究を行っている。中でも肥満に関しては、北米の肥満研究をリードする科学者数人をかかえている。Dr.Bouchardもその一人である。
 Dr.Bouchardは、赴任の翌年、「Vision 2005」という改革プランを立ち上げた。前任者である初代所長Dr.G.A.Brayが10年かけてセンターの発展に尽力してきたが、方向性をより明確にした上で、更に拡大しようというものである。「機能食品」「肥満」「栄養と慢性病」「健康とパフォーマンス」と4つの部門に分けて、優先順位をつけ、人員・予算の点で、5年間かけてほぼ倍増させようとしている。
 センターには19のcore facilityがあり、metabolic kitchenや諸測定施設はもちろん、コンピュータや統計のサポート体制も充実している。個人的には、2つあるmetabolic chamberに出入りし、見学したり、実際に自分が測定してもらったりなどした。また、センター内は、各研究室のミーティングに加え、1)外部の研究者の講演(毎週〜隔週)、2)センター内スタッフの状況報告(毎週)、3)その他2つのInterest Meetingが行われており、研究室の枠を越えて、自由に議論ができる体制が整っていた。
3. C.Bouchardの研究室
 彼は、所長でありながら、Human Genomics Laboratoryという研究室を精力的に運営していた。助教授2人と講師1人、それぞれ6〜7人のポスドクとテクニシャンをかかえ、週1回のミーティングを中心に、肥満や体力などに関する遺伝子探しを進めていた。各スタッフの分業体制がしっかりしており、ミーティングでは、それぞれの意見をよく聞きながら、最終的にはDr.Bouchardのリーダーシップのもと、方向性が決まっていく。新しい方法論も、逐次積極的に取り入れている。
この研究室では、人のデータだけを扱っている。数年前にトレーニング実験そのものは終えてあるHERITAGE Family Studyや、1980年代からデータを蓄積しているQuebec Family Studyのデータを中心として、古くは十数年前にとった血液を材料に、解析を行っている。また、世界各国の優れた研究者たちとも協力し、それぞれの対象集団において、遺伝研究を実施している。
 Dr.Bouchardの研究の特徴として、双生児の過食実験やHERITAGE Family Studyに代表されるように、精密な実験計画があげられる(例えばJ.Gagnon(Ann Epidemiol, 1996)を参照)。測定方法も、最も精度の高い方法を用いている。加えて、分析の際には、様々な交絡因子の影響を取り除くよう統計処理を施す。したがって、論文数もさることながら、彼の関わったあらゆる論文において得られた結果は、非常に信頼のできるものばかりである。
 こうして、Pennington Centerでは新しい対象者のデータをとることなく、以前に精密な実験計画の下で得たデータと血液を主に使用して、遺伝子解析を進めている。Dr.Bouchardの話によると、2000年9月の時点で、HERITAGE Family Studyのデータを用いた論文として、60が掲載済、15が印刷中、25が投稿中であるという。留学中には、そのデータも用いて、「正常体重者における体脂肪の量や分布の、心疾患のリスクファクターに対する寄与」をテーマに分析していたので、うまくいけば、近々新たに2つの論文を加えることができるはずである。