骨成熟からの成人身長予測の有効性

How is practical predicting adult height with skeletal maturity?
(c) Copyright 1997 高井省三(筑波大学・体育)

 成人身長の予測ができると小児科学の臨床,職業の選択,スポーツタレント発掘,体力・運動能力の評価の分野での貢献が期待できる。身長の97〜98%は骨格要素が占めるから,骨化の程度を評価する骨成熟(骨年齢)に基づいて成人身長を予測しようという考えを多くの研究者が実現してきている。この骨成熟による成人身長の予測は現在のところ最も高い精度をもつ。しかし,この方法の欠点は生体にX線を照射しなければならないことである。そこで,骨成熟(骨年齢)を使わないより精度の高い成人身長推定法が開発されてきている。
 ここでは,はじめに骨成熟の指標をとりこんだ成人身長の推定式の精度を議論し,ついで骨成熟指標を使わない成人身長の推定を検討する。放射線被爆のリスクと推定精度の問題を念頭において,人類学領域での骨成熟による成人身長推定を考えてみたい。
 成人身長予測式を検討するための被験者は1972〜77年度生れの「小城成長研究」からの男女およそ500名から成る。
成人身長は身長の年間最大増加量が1cm未満になったときの値をあてた。骨成熟はTW2法で判定し,RUSスコアを採用した。いくつかの成人身長推定式の精度を比べるときは最小AIC推定法を使った。AICはケチの原理−なるべく少ない変数でなるべく多くの情報を得る−に基づくモデルの当てはまりの良さを表す指標であり,もっとも小さいAICがもっともよいモデルをあらわす。
 6〜13歳の身長,暦年齢,RUSスコアからなる推定式(TW2法)の精度は,男子では3.1〜3.6cm,初潮前の女子では2.1〜2.9cmの残差で表すことができた。これに両親の平均身長の指標を加えると男子の推定式の残差は3.0〜3.5cm,初潮前の女子の予測式の残差は1.8〜2.8cmとなった。両式の残差の大きさはほとんど変わらない。しかし,AICによれば両親の身長を取り込んだ式は両親の身長を取り込まない式よりも,統計的には,精度が高い。
 つぎに骨成熟要因を含まない予測式を新たに求めて成人身長推定式の精度を調べた。観測成人身長を予測変数として小学6年生時の年齢,身長,体重,座高および両親の平均身長を説明変数としてこれらの変数を追加・削除していきながら重回帰式を求めた。AICが示した最良の成人身長予測式モデルは,男女ともに,暦年齢,身長,体重,両親の身長からなる式であった。この式(KR2法)も骨成熟による推定式と同様に1時点でのデータを代入することで成人身長を予測できる。KR2法では男子の残差は4.0cm,女子の残差は3.2cmであった。つづく骨成熟要因を含まない予測式は小学校6年間の個人追跡資料(年齢,身長)三重ロジスティック曲線を当てはめて成人身長を推定する方法(BTT法)である。BTT法での残差は,男子で3.7cm,女子で3.0cmであった。骨成熟を取り入れた予測式の残差よりも0.5〜1.0cmほど大きい値である。この3cm前後の残差は11歳の児童の身長に対してはおよそ2%に相当する。
 これまでの結果を観測成人身長との相関係数でみると,骨成熟指標を持つ推定式(TW2法)がもっとも高い(男子:r=0.862,女子:r=0.828)。ついでBTT法(男子:r=0.847,女子:r=0.773)が続き,KR2法がもっとも低い(男子:r=0.778,女子:r=0.721)。これらの相関係数の大きさの差を2つの成人身長推定式の組み合わせごとに検定した。全ての組み合わせのt検定の結果は,男子の相関係数の差は有意でないことを示した。女子では,KR2法とTW2法との間で有意な相関係数の差があった。そのほかの組み合わせ間には相関係数の差が出なかった。したがってBTT法は実用的には骨成熟をつかったTW2法と同じくらいの精度で成人身長を予測できる方法といえる。
 骨成熟を取り込んだ高い精度の予測式を実際の人類学,発育学などの医学的治療を目的としていない領域で使用するにはいくつかの問題がある。たとえわずかな被曝量(胸部間接撮影のおよそ1/8)ではあっても,生体に与える放射線のリスクは無視できない。さらに,X線写真は国家資格持つ医療従事者だけが撮影できるという制約がある。このような点から,次善の成人身長予測式としてはBTT法が適していると考える。

(第51回日本人類学会大会・シンポジウム「骨成熟研究の流れ」)