Predicting Adult Height
Shozo Takai, Univ. Tsukuba
Keyword:成熟,身長,成人身長,骨年齢,運動パフォーマンス,スケーリング
1.はじめに
スケーリング(scaling)は構造物のサイズを変えるときに生ずるさまざまな問題を解決するために工学の基礎分野にうまれた(Schmidt-Nielsen, 1995)。ここには成長するにつれてサイズが異なっていくおとなと子どものように,サイズの差がうみだすもろもろの効果の研究も含まれる。ここで,もろもろの効果の一つにスポーツの競技力を,そしてサイズの基本量としては身長をとりあげてみる。ある子どもの成人身長が予測できると将来のスポーツ競技力を予測する際の重要なパラメータになるかもしれない。さらに,身長成熟度(相対成人身長)を求めることで現在の運動能力を暦年齢でなく生物学的年齢に基づいて評価できる可能性がある。
身長の97〜98%は骨格要素が占める。下肢の長管状骨の両端にある軟骨板の一方で軟骨が増殖し他方で成熟した軟骨が骨に置き換わっていく(骨化)と結果として骨の長さが大きくなる。すなわち身長が伸びる。手と手首の骨にみるこの骨化の程度をスコアあるいは年齢として評価するのが骨成熟あるいは骨年齢である。この骨成熟(骨年齢)に基づいて成人身長を予測しようという方法(Bayley and Pinneau, 1952;Roche et al. , 1975;Tanner et al., 1983;多田羅,1989;松岡ら,1994;高井,1995)は現在のところもっとも高い精度のをもつ。しかし,この方法の欠点は生体に,わずかではあるが,X線を照射しなければならないことである。
そこで,骨成熟(骨年齢)を使わないより精度の高い成人身長推定法が開発されてきている。BTT法は身長の個人追跡資料に三重ロジスティック曲線を当てはめて成人身長を推定する方法である(Bock et al, 1994)。KR法は身長,体重,両親の平均身長から成人身長を推定する(Khamis and Roche, 1994)。
本報告は日本人児童についての3種類の成人身長予測式の精度を比較し,成長にともなうヒトのサイズのスケーリング効果の基礎的データを提供することを第1の目的としている。ここで比較する推定式は1) 小学校6年間の身長,2) 小学校6年生時の骨成熟・身長・年齢,3) 小学校6年生時の身長・体重・年齢・両親の身長,を説明変数とするものである。ついで,予測成人身長と現在の身長から身長成熟度を求め,この生物学的成熟という切り口から文部省スポーツテストの結果をみている。この分析をとうして体力・運動能力が身体成熟度,バイオメカニクス要因(からだの絶対サイズ),年齢のいづれの要因と関連しているかを考えていく。
2.被験者と方法
2.1 被験者
成人身長予測式を検討するための被験者は1972〜1977年度生れの「小城成長研究」からの男子178名,女子で149名から成る。小城成長研究は1979年から1995年にかけて佐賀県小城町の1校区の小・中・高等学校の児童・生徒の身体計測を行なった縦断的成長調査に基づく。被験者の延べ数は1万人を越えている。調査項目は身長,体重をはじめとする31の身体計測項目,手骨X線撮影,初潮年齢アンケートである。さらに240家族で両親について11項目の身体計測を実施している。被験者が在住する小城町は1985年には人口14,595人を数え,国勢調査の結果から見ると被験者は中流以上の社会経済状態の家庭に育っていることがわかる。
スポーツテストとサイズ・成熟・年齢の関係を吟味するための被験者は1982〜1984年度生れのつくば市の公立中学校1〜3年生の男子260名,女子239名から成っている。
2.2 測定項目
3つの成人身長推定式を求めるために,小城成長研究資料から小学校6年間の身長,体重,座高,骨成熟スコアを選び出した。児童の両親の身長は直接に計測した値を使っている。成人身長は身長の年間最大増加量が1cm未満になったときの値をあてた。骨成熟はTW2法(Tanner et al., 1983)で判定し,手首の骨を除く管状骨の骨成熟を評価するRUSスコアを採用した。
つくば資料からは小学校6年間の学校保健統計調査の身長データを遡及追跡的に収集した。体力・運動能力のデータは1996年度の中学校でのスポーツテストの結果を利用している。分析した項目は握力,背筋力,懸垂(斜め懸垂),ハンドボール投げ(ソフトボール投げ),垂直とび,走幅とび,50m走,持久走,踏み台昇降,反復横とび,上体そらし,体前屈である。対象生徒の1996年度の学年別の体格,スポーツテストの成績を1995年度の全国平均と比較した。中学3年生男子の握力が0.8SDを越え,中学3年生女子の斜め懸垂が0.6SDを下回る。そのほかの測度は0.5SDの範囲内に収まる成績であった。
2.3 方法
3つの成人身長推定式は,1)小学校6年間の身長をBTTモデル(Bock, du Toit & Thissen, 1994)に当てはめるもの,2)小学校6年生時のTW2 RUSスコア,身長,暦年齢を説明変数にもつ予測式(高井,1995),3)小学6年生時の年齢,身長,体重,座高および両親の平均身長を逐次選択法(変数増減法)で変数を選んだ重回帰式である。結果的にこの3)式はKR法が採用した身長,体重,両親の身長を最良説明変数としてもつものである。
スポーツテスト成績と年齢,生物学的成熟度,身長の関係は相関分析(単相関,偏相関)を適用して解析した。
3.結果と考察
3.1 新予測式(KR2法)の算出
始めに骨成熟要因を含まない予測式を新たに求めた。観測成人身長を予測変数として小学6年生時の年齢,身長,体重,座高および両親の平均身長を説明変数としてこれらの変数を追加・削除していきながら重回帰式を求めた。最良の重回帰モデルはAICが最小になる式とした。AICはケチの原理−なるべく少ない変数でなるべく多くの情報を得る−に基づくモデルの当てはまりの良さを表す指標であり,もっとも小さいAICがもっともよいモデルをあらわす(SAS Institute Inc., 1995)。
AICは男女ともに,成人身長予測式は暦年齢,身長,体重,両親の身長からなるモデルが最良であることを示した。身長を構成する座高はモデルの構成に貢献しなかった。この式がもつ説明変数はKhamis and Roche (1994)のそれらと同じものになった。成人身長の予測式(KR2法)は小学校6年生時の次のパラメータからなる:
男子の予測成人身長=25.13−2.594×暦年齢+0.656×身長−0.174×体重+0.545×両親の平均身長,
女子の予測成人身長=72.73−3.618×暦年齢+0.580×身長−0.192×体重+0.309×両親の平均身長。
男子のこの式の精度は,重相関係数=0.606,残差=3.97(cm)であった。女子でのこれらの指標は,重相関係数=0.506,残差=3.18(cm)であった。
KR法(Khamis and Roche, 1994)の4.0〜17.5歳の米国白人児童の式では男子の精度は2.16±0.55cm,女子のそれは1.67±0.65cmである。本報告に相当する11〜12歳の残差は男女共におよそ2cmである。
3.2 予測式の精度の比較
Table 1は3つの成人身長予測式が算出した推定成人身長と観測成人身長のずれ(残差SD,相対残差%SD)を示している。男女共にBTT法での予測成人値は観測成人値よりも大きな値を示した。これはBTT法の予測成人値が25歳時の身長を予測しているためであろう。米国白人については,本報告が採用した規準−年間増加量が1cm未満−になった時点から身長の成長が停止する時点(男子21.2歳,女子17.3歳)までの間に男子では1.0 cm,女子では1.5 cmの身長の伸びがある(Roche and Davila, 1972)。残差および相対残差でみると,男女共に骨成熟を説明変数に取り込んだTW2法が最も当てはまりが良く,KR2法の精度が低い。この3cm前後の残差は11歳の児童の身長に対してはおよそ2%に相当している。
Mean | SD | %SD | N | ||
---|---|---|---|---|---|
Boys | BTT | -1.40 | 3.71 | 2.21 | 118 |
TW2 | 0.71 | 3.23 | 1.86 | 116 | |
KR2 | 0.01 | 3.97 | 2.31 | 106 | |
Girls | BTT | -0.92 | 3.04 | 1.94 | 149 |
TW2 | 0.20 | 2.64 | 1.66 | 126 | |
KR2 | -0.04 | 3.17 | 2.01 | 127 |
Table 2に観測成人身長(Obs)と3つの推定成人身長の相関係数を示した。女子ではKR2法の成人身長は他の方法の成人身長とは低い相関を示している。男子についてはこの傾向が見えない。これらの相関係数の大きさの差を2つの成人身長推定式の組み合わせごとに検定した。t検定の結果は,男子の相関係数は全ての組み合わせで有意な差を示さなかった。女子では,KR2法とTW2法との間で有意な相関係数の差があった。そのほかの組み合わせ間には相関係数の差が出なかった。したがってBTT法は実用的には骨成熟をつかったTW2法と同じくらいの精度で成人身長を予測できる方法といえる。
骨成熟を取り込んだ高い精度の予測式を実際のバイオメカニクス領域で使用するにはいくつかの問題がある。たとえわずかな被曝量(胸部間接撮影のおよそ1/8)ではあっても,生体に与える放射線のリスクは無視できない。さらに,X線写真は国家資格持つ医療従事者でなければ撮影できないという制約がある。このような点から,次善の成人身長予測式としてはBTT法によるものをあげる。小学校6年間の身長データを収集するのはそれほど困難ではないであろう。一時点でのデータに基づくKR2法も簡便ではあるけれど,両親の身長データを収集するという困難がつきまとう。
Obs | BTT | TW2 | KR2 | |
---|---|---|---|---|
Obs | 0.847 | 0.862 | 0.778 | |
BTT | 0.773 | 0.821 | 0.831 | |
TW2 | 0.828 | 0.773 | 0.867 | |
KR2 | 0.721 | 0.701 | 0.752 |
3.3 体力・運動能力に及ぼす成熟度,サイズ,年齢の要因
思春期においては年齢やからだのサイズ(身長および体重)では運動パフォーマンスの変動のほんのわずかしか説明できない。すなわち,思春期の発育スパートのタイミングや性成熟などの生物学的な成熟状態のほうがより大きな役割を果たしていることを意味する(Malina and Bouchard, 1991)。そこで,生物学的成熟の指標としてBTT法で予測した成人身長に対する現時点の身長の割合−身長成熟度−を考えた。分析に先立って,身長成熟度のもつ意味を成人身長予測式を検討した小城データをつかって考えた。男子108(のべ271)名,女子135(のべ313)名の中学1,2,3年時のBTT身長成熟度,観測身長成熟度,TW2 RUS骨成熟度の関係をみた。すると,BTT身長成熟度は,とくに男子で,実際の身長成熟度と骨成熟をよく反映することがわかった。男子のBTT身長成熟度は観測身長成熟度とr=0.921,RUS骨成熟度とr=0.828の相関関係を示した;女子のBTT身長成熟度は観測身長成熟度とr=0.724,RUS骨成熟度とr=0.589の相関関係を示した。修正RWT法(身長,体重,両親の平均身長,骨年齢の代わりに暦年齢を使用)で予測した成人身長をつかって求めた身長成熟度もまたTW2 RUS骨年齢とかなり高い相関を示した(Roche et al., 1983)。12〜15歳の米国白人児童の男子ではr=0.53〜0.69の相関が;12,13歳の女子ではr=0.62,r=0.52の相関関係があった。したがって,BTT身長成熟度による本報告の結果は骨成熟に基づく先行研究の結果と比較することができることになる。
つくば資料について小学校6年間のデータからBTT法で成人身長を予測し,中学1,2,3年時のBTT身長成熟度を求めた結果はつぎのようであった。すなわち,男子の予測成人身長は172.1±4.38cmで身長成熟度は91.9±4.56%であった。女子は158.3±4.06cmの成人身長と予測され,中学校1〜3年時の身長成熟度は97.6±2.36%であった。女子中学生は身長の成長についてみると,ほとんど成人と見なすことができる。
Table 3は中学生男子の運動パフォーマンス成績と年齢・身長・身長成熟度の間の相関を示している。スポーツテスト12項目のうち3つの成長・成熟指標と中等度以上の相関(r > ±0.4)を示す項目について分析をすすめた。Table 3のすべての相関係数は5%の危険率で統計的に有意であった。この単相関から,走り幅跳び,50m走,垂直跳びの成績は身長成熟度と;握力,ハンドボール投げの記録は身長の絶対値と;そして反復横跳びの成績は年齢と高い相関を示す,という傾向を知ることができる。しかし,いっぽうで身長と年齢(r = 0.686),年齢と身長成熟度(r = 0.754),身長と身長成熟度(r = 0.896)は相互に関係があるので,このうちの1つの項目と運動パフォーマンスの成績との相関関係だけでは結果を混同してしまうことがある。そこで,暦年齢,身長,身長成熟度の関係を統計的手法でコントロールして成長・成熟指標の本来の影響を考えた。
Grip strength | Long jump | Vert jump | 50m dash | Side step | Ball throw | |
---|---|---|---|---|---|---|
Age | 0.599 | 0.465 | 0.571 | -0.545 | 0.422 | 0.543 |
Height | 0.670 | 0.486 | 0.602 | -0.540 | 0.338 | 0.601 |
Height maturity | 0.634 | 0.541 | 0.641 | -0.641 | 0.378 | 0.569 |
Table 4は中学生男子の運動パフォーマンス成績と年齢・身長・身長成熟度の間の偏相関を示している。50m走記録と身長成熟度の間の-0.34という偏相関は,年齢と身長を一定に保ってそれらの影響をコントロールしたときの相関を表している。この偏相関係数は単相関にくらべて値は小さくなった。しかし,単相関分析での傾向はより明瞭に浮き出てきた。走り幅跳びと50m走のパワー種目では身長成熟度との関係がきわだっている。すなわち,年齢が若く身長が低くても,身長成熟度がすすんでいる子どもは高いパワーパフォーマンスを示すことがあるわけだ。反復横跳び記録と年齢の関係は,パフォーマンステストの経験回数あるいは習熟度によって説明できるかもしれない。同様な結果が13歳のベルギー男児について,骨年齢でコントロールしたときの運動パフォーマンスと暦年齢の偏相関の研究にみえる。タッピングテストのような複雑な運動パフォーマンス項目はより高い偏相関(0.27)を示した(Beunen et al., 1978)。ハンドボール投げの成績と身長の関係は,上肢のモーメントアームの長さに起因するかもしれない。握力と身長の関係は,筋力と筋断面積,筋断面積と身長の比例関係から説明できよう。
Grip strength | Long jump | Vert jump | 50m dash | Side step | Ball throw | |
---|---|---|---|---|---|---|
Age | 0.240* | 0.107 | 0.174* | -0.129* | 0.226* | 0.206* |
Height | 0.298* | 0.004 | 0.076 | 0.098 | -0.008 | 0.252* |
Height maturity | -0.007 | 0.207* | 0.194* | -0.340* | 0.068 | -0.014 |
この成長・成熟指標と運動パフォーマンス成績の間にある関係を骨年齢を生物学的成熟指標としたベルギー男児での結果(Beunen et al., 1978)と比較した。13歳のベルギー男児では暦年齢でコントロールしたときの運動パフォーマンス成績と骨年齢の偏相関は静的筋力(0.53)をのぞいて,統計的にゼロではないものの,0.1〜0.16と低い。本研究での静的筋力と身長成熟度の偏相関はゼロであった。テスト方法(arm pullと握力)の違いだけでこの食い違いを説明することはできそうもなく,原因は不明である。いっぽう,垂直跳び記録と骨年齢の偏相関も0.16と本研究の結果と同様である。
12〜19歳の思春期のベルギー男児の骨年齢・身長・体重と運動パフォーマンス成績の間の重相関分析は,成熟とサイズの要因は運動パフォーマンスの変動の高々17%しか説明できないことを示した(Beunen et al., 1981)。本研究にもみるように思春期の運動パフォーマンスの変動を説明する割合が年齢,成熟,サイズそれぞれ単独にみたときに低いこともうえの先行研究の結果からもわかるように偶然の所産ではないといえる。
中学生女子での運動パフォーマンスと年齢・身長・身長成熟度の間の関係は男子に比べて非常に浅い。統計的に有意ではあるものの単相関係数,偏相関係数は小さかった。また,考察できるようなパターンは抽出できなかった。身長成熟度が98%にも達しており,ほとんど成人であることが低い関係の原因であろう。本研究の女子の結果と同様な報告がある。450名の12〜16歳のベルギー女児についての研究は,骨年齢と運動パフォーマンスの成績の間には静的筋力(r=0.28〜0.35)をのぞいて有意な単相関関係はなかったことを報告している(Beunen et al., 1976)。
4.おわりに
成長にともなうヒトのサイズのスケーリング効果の基礎的データを提供することを目的として小学生が成人したときの身長を予測する試みを検討した。小学校6年間の身長,体重,骨成熟および成人身長,両親の身長が完備している日本人児童の縦断的成長資料(男児178名,女児149名)をつかって3種類の予測式に基づいて成人身長を予測した。方法は小学校6年間の身長から(BTT法),小学校6年時の身長,骨成熟,年齢から(TW2法),そして小学校6年時の身長,体重,年齢,両親の平均身長(KR2法)から成人身長を予測するものである。骨成熟を説明変数として取り込んだTW2法が最も予測精度が高く,ついでBTT法が次に高い精度を示し,KR2法が続いた。
生物学的成熟指標としての身長成熟度(成人身長に対する身長の割合)年齢,からだのサイズ(身長)と運動パフォーマンス成績の関係を分析した。被験者は男子260名,女子239名の中学1年〜3年生である。運動パフォーマンス項目と成長・成熟・サイズ項目との単相関では高等度の相関を示したものの,年齢・身長成熟度・身長の間に高い相関があったために偏相関分析を施した。男子では,パワーを要する50m走,走り幅跳びの記録は身長成熟度と関係が高かった。ハンドボール投げ,握力は身長と関係が高くでた。そして,年齢と関係が高かった項目は反復横跳びであった。思春期の運動パフォーマンスを評価するには,年齢だけではなく,からだのサイズ,生物学的成熟度を考慮する必要があることがわかった。
参考文献
(第13回日本バイオメカニクス学会大会,つくば,1996.11)