はじめに
正常な身長の成長(現量値)曲線はS字を描き,11〜13歳ころに思春期スパートを見せる.思春期スパートを成長速度曲線で現すとスパート開始タイミング,最大成長速度,成人身長などの思春期の身長成長のいくつかの相をあらわすパラメータが抽出できる1).日本人についてのこれらのパラメータ間の関係は広島の女子についての報告2)しか見あたらない.これらのパラメータ間の関係およびパラメータと成人身長の関係についてはなお未解決な部分がある.本報告でははじめに日本人児童・生徒の縦断的発育資料基づいて身長成長パターンの諸相の相互関係について報告する.
身長成長を規定する要因の一つである両親の生物学的影響については,Galton3)がすでに1世紀前に報告している.現量値についての親子関係をあつかった報告は多い4,5).しかし,身長成長パターンの諸相との関係を解析したものはない.本報告の第2の目的は,児童・生徒の身長成長のパラメータとその両親の身長の関係を解析し,身長成長パターンの生物学的伝達の程度を探ることである.
被験者と方法
被験者は小城成長研究6)からの女子266名,男子190名の児童・生徒から成る.このうち,男子105名,女子122名については両親の身長データが完備している.児童・生徒は1971〜78年生まれ,その両親は1928〜59年生まれである.調査時点での父親の年齢は45.6±4.38歳,母親の年齢は42.5±3.83歳であった.
児童・生徒の年1回の身長計測データ(女子の88%で12回;男子の30%で12回,61%で13回の計測)に三重ロジスティック曲線を当てはめて個人の身長成長曲線とそのパラメータを推定するBTT法7)を採用した.計算時のコマンドERRORの引数は省略時の値であるSD=1.0を男女共に与えた.BTT法で,1)思春期スパートの開始年齢(AMV),2)同時点での速度(MV),3)同時点での現量値(MVHt),4)身長最大増加年齢(APV),5)同時点での速度(PV),6)同時点での現量値(PVHt),7)成人身長(AHt)を求めた(図1).
結果と考察
表1に身長成長曲線パラメータの基本統計を示す.身長最大増加年齢(APV)
と同時点での速度(PV)は他の日本人児童に関する報告6)と大き
な違いはない.
男子(190名) | 女子(266名) | |||
---|---|---|---|---|
平均値 | 標準偏差 | 平均値 | 標準偏差 | |
AMV | 10.0 | 0.72 | 8.5 | 0.68 |
APV | 12.7 | 0.79 | 11.0 | 0.69 |
MV | 4.0 | 0.63 | 4.0 | 0.35 |
PV | 11.0 | 1.10 | 10.0 | 0.97 |
MVHt | 134.0 | 5.76 | 125.4 | 5.09 |
PVHt | 152.1 | 5.42 | 141.1 | 4.85 |
AHt | 170.6 | 5.81 | 158.6 | 5.36 |
成人身長(AHt)と成長曲線の諸相の関連を表2に示す.成人身長は思春期ス パートのタイミング,すなわち思春期スパート開始年齢(AMV),身長最大増 加年齢(APV)とは無または非常に低い相関を示した.これはほかの人類集団 でくりかえし報告されているような結果1,8)と同様であった.し かし,偏相関分析はAHtとAPVの間で単相関分析とは異なった結果をみせている. 広島女子では,APV時の身長(PVHt)を一定にしたときのAHtとAPVの間の偏相 関係数は-0.59〜-0.66のであった2).本報告でのこの偏相関係数 は女子では-0.37,男子では-0.46であった.成人身長は,思春期スパート最中 の成長速度(PV)よりもよりも,思春期スパートの開始時の成長速度(MV)の ほうが高い相関を示した.PVはAHtと無または非常に低い相関関係であった. しかし,スイス児童1)では,PVとAHtは中程度の相関関係をみせ ている.成人身長と高い相関を示したパラメータは思春期スパートの開始時の 現量値(MVHt)と身長最大増加年齢時の現量値(PVHt)である.PVHtのAHtに 対する割合は男女共に平均89%であり,MVHtは平均79%である.したがって, PVHtとAHtの高い相関は当然である.思春期の始まりの時点での身長の大きさ が成人身長を規定しているといえる.広島女子2)のAHtとMVHtの 相関係数は0.43と中程度である.いっぽう,スイス児童1)では本 報告と同程度の0.73〜0.74である.
AMV | APV | MV | PV | MVHt | PVHt | AHt | |
---|---|---|---|---|---|---|---|
AMV | 0.992 | -0.560 | -0.630 | 0.458 | 0.333 | 0.172 | |
APV | 0.944 | -0.612 | -0.576 | 0.397 | 0.282 | 0.133 NS |
|
MV | -0.722 | -0.640 | 0.527 | -0.077 NS |
0.124 NS |
0.353 | |
PV | -0.768 | -0.692 | 0.552 | -0.391 | -0.123 NS |
0.154 | |
MVHt | 0.456 | 0.389 | -0.049 NS |
-0.457 | 0.956 | 0.821 | |
PVHt | 0.270 | 0.280 | 0.214 | -0.191 | 0.932 | 0.952 | |
AHt | 0.036 NS |
0.126 | 0.477 | 0.076 NS |
0.733 | 0.927 |
思春期のはじまりと最中のパラメータの関係を分析した(表2).思春期の 開始(AMV)が早いと思春期スパートのタイミング(APV)も早いと言う関係は 非常に強かった.しかし,子どもが早熟であると(早いAMV)両時点での成長 速度(MV, PV)は小さくなっているという負の相関関係がある.この関係は男 子よりも女子で顕著である.スイス児童1)ではこの関係はより弱 いか無関係である.APVとPVとの間にも負の相関を見た.早熟な子どもは両時 点で大きな身長現量値を示すという関係は中程度の強さであった.スイス児童 での結果は本報告よりもやや強い関係を示している.広島女子2) の結果は非常に強い関係を見せている.両時点での成長速度同士の関係(MVと PV)は中等度であった.
MVHt | Peak | Base | AHt | |
---|---|---|---|---|
MVHt | -0.407 | -0.116 | 0.821 | |
Peak | -0.701 | 0.419 | -0.056 | |
Base | 0.389 | 0.545 | -0.148 | |
AHt | 0.895 | 0.630 | -0.404 |
思春期スパートの大きさ・長さと成人身長の関係をみた(表3, 4).思春期 スパートの大きさ(Peak)はPV-MVで,思春期スパートの長さ(Base)は APV-AMVで表し,偏相関分析をおこなった.成人身長とPeak, Baseの関係は単 相関でみると弱い.スパート開始時の身長現量値(MVHt)とPeakまたはBaseの 影響を除いたときにはいずれも強い関係を示した.男女の違いを示したのは成 人身長と思春期の長さの関係であった.すなわち,女子ではスパート開始時の 身長現量値(MVHt)とPeakが同じ子どもでは,ゆっくり成長する子どもは大き な成人身長に達する.しかしその反対に,スパート開始時の身長現量値とPeak が同じ男子では,時間をかけてゆっくり成長する子どもはむしろ小さな成人身 長に達する.
MVHt | Peak | Base | AHt | |
---|---|---|---|---|
MVHt | -0.514 | -0.172 | 0.733 | |
Peak | -0.674 | 0.122 | -0.113 | |
Base | -0.614 | -0.321 | 0.273 | |
AHt | 0.874 | 0.534 | 0.648 |
子どもの身長の成長パターンがどれくらい両親の生物学的影響を受けている かを親の平均身長と子どもの身長成長パラメータとの相関関係という切り口か ら分析した(表5).両親の(平均)身長と児童・生徒の成人身長は中程度の 相関であった.この関係は15歳の子どもと両親の身長と相関(r=0.32〜0.43) からみるとやや高い4).思春期スパートのタイミングと大きさ(AMV, APV, MV, PV)は両親によって影響されないことが明らかである.しかし,女子では 思春期の開始時の成長速度(MV)と両親の身長との間に中等度の相関関係があ る.両親の身長の大きさは子どもの身長現量値(PVHt, MVHt)と中等度の相関 を示した.
AMV | APV | MV | PV | MVHt | PVHt | AHt | |
---|---|---|---|---|---|---|---|
男子(105人) | 0.078 | 0.072 | 0.206 | 0.143 | 0.479 ** |
0.532 ** |
0.549 ** |
女子(122人) | 0.002 | 0.009 | 0.329 ** |
0.005 | 0.444 ** |
0.514 ** |
0.513 ** |
これまでをまとめると,大きな両親の元に生まれ,思春期の開始時に大きな身長を持つ子どもは背の高い大人になる可能性が大きいということが導き出される.すなわち成人身長は思春期以前の成長パターンによるところが大きいといえる.
文献
(第8回Auxology(成長学)研究会記録集,1998.8)