頚肋
サカナの脊柱(ナカボネ)で分かるように,脊椎動物の基本型では,肋骨は胸部に限らず首から腰の脊柱にわたって存在している。ヒトでもこの頚部の肋骨,腰部の肋骨の名残がときどき出現することがある。ヨーロッパでは肋骨が余分にあるといつも大騒ぎになるという。旧約聖書の創世記第2章第21〜22節の「(神は)人から抜き取ったあばら骨で女を造り上げられた」に元があるようだ。ヒトの肋骨は12対24本と解剖学で教えられるが,成人の10人に1人ほどの割合で肋骨が余分にある。Bornstein & Peterson (1966) Numerical variation in the pre-sacral vertebral column in three population groups. Am J. Phys Anthrop, 25: 139-46 によると1239骨格の内9%が13対の肋骨を持っていた。9%のうちの1%未満は第7頚椎が,約5%は第1腰椎が肋骨を造ったものだった。そして3%は椎骨の数が増えたことによるものだった。Galis (1999) Why do almost all mammals have seven cervical vertebrae? Developmental constraints, Hox genes, and Cancer. J Exp Zool, 285: 19-26 によると第7頚椎が肋骨を造る確率は約0.2%と低い数字だ。この頚椎の肋骨は頚肋(Halsrippe, cervical rib)と呼ばれるのはご存知の通り。頚肋は首の神経(頚神経叢,腕神経叢)と血管を圧迫する「胸郭出口症候群」を引き起す。つまり,肩や腕のコリと痛みやその部が痺れたり,冷たくなったりする。 以前の解剖学ならばこれで終わりだが,最近はそうは行かない。そう,遺伝子です。
昆虫は頭部,胸部,腹部の体節を持っている。ショウジョウバエで頭に肢が生えたりする変異を起こさせる遺伝子がホメオティック遺伝子と呼ばれている。この遺伝子(群)には60個のアミノ酸をコードする180塩基対からなるホメオボックスという塩基配列の共通した領域があることが1984年に発見された。やがて,魚,マウスは言うに及ばず,ヒトにもあることがわかった! さて,椎骨,肋骨も体節由来だからこのホメオティック遺伝子に支配されるわけだ。この遺伝子はショウジョウバエでは8個だが哺乳類では39個ある。HoxA4, HoxA5, HoxB5, HoxA6, HOxB6が全部あって他のホメオティック遺伝子がなければ第7頚椎に肋骨は出来ないことが分かっている。この5つのホメオティック遺伝子の一つに変異または欠損が起こると第7頚椎に肋骨,つまり頚肋が出来る。